第2話 お嬢様と幼馴染みと助っ人参上


 昼休憩に担任に朝宮さんと二人で呼び出された俺たち。

 七月に聞きに来た人達の前で演奏をすることになった訳だが……。



 教室に戻ると、俺と朝宮さんに一斉に視線が集まった。

 どっちかというと、朝宮さんに対してだけど。

 俺はオマケみたいなもんだ。


 と思ったのだが、何人か俺の方を見て指を指して興味深そうにしている女子が何人かいる。

 気にせず席に戻ると、昼河が話しかけてきた。



「で、竹居、何だったん?」

「んー。ちょっとサプライズ的なやつなんで秘密」

「相変わらず秘密主義なんだな。で、お昼どうする? もうあまり時間ないけど」



 確かにあまり時間が無い。

 売店に買いに行って戻るとほぼ食べられないだろう。



「抜くしかないかなぁ」

「そうか…………ん? 朝宮さんどした?」



 昼河の声に振り返ると、すぐ側に朝宮さんが立っていた。



「あの、竹居君、お弁当あるけど一緒に食べませんか?」

「あ、うんいいけど……どこで食べよう?」



 などと言っていると、昼河が黙って立ち上がり……朝宮さんの席から椅子を持って俺の席の隣に置く。



「朝宮さん、ここで食べなよ」

「えっ? いいのでしょうか?」



 昼河。お前ってヤツは……なんていい奴なんだ。

 早希ちゃん昼河の彼女が「私も朝宮さんと話してみたい」と誘った結果、朝宮さんは「ありがとうございます」と言って椅子に座った。

 俺の隣だ。



「あの、これ私が作ってみましたけど、お口に合うかどうか」



 お弁当箱に美味しそうな卵焼きや、定番のウインナーなどのおかずが見えた。


 俺たちは、クラスの視線を浴びつつ弁当を食べる。

 朝宮さんは、時折早希ちゃんや昼河と言葉を交わしていた。


 そして、俺の方にも時々視線をくれる。

 表情は崩さず、冷静に見えるけど……。

 だけど時々ふっと見せる笑顔に「朝宮さん、あんな表情をするんだ」とクラス中が釘付けになっていた。




 さて。

 急に音楽室が使えるようになったわけだが、今日俺は楽器を持ってきていなかった。

 旧校舎の音楽室が使えると思っていなかったから。

 しかし、なぜか朝宮さんは持って来ていた。

 どうして? と思ったが特に裏は無く、もしチャンスがあれば吹きたいという思いがあっただけのようだ。



「じゃあ、今日は、初吹きだね」

「はい! 本当は家で出してみたかったのですが、怖くて」

「そっか。で、名前は決めた?」

「名前ですか? 楽器に?」

「そうそう。名前付けて可愛がる人もいるよ……ちなみに俺はジョニーってつけてる」

「じょにー? …………うーん、すぐ思いつかないので後で考えます」



 彼女に楽器の扱いを教え、組み立てる。

 ストラップを首から下げ、それにサックスをつないで構える。



「うん、いい感じだね。俺のテナーと比べて小さいでしょ。体は常にまっすぐに」



 俺はつい、傾いてる体を矯正しようと、後ろから肩に触れる。

 朝宮さんは「はい」と返事をしつつ、俺の指示に従う。



「えっと、ちょっと曲がってるからまっすぐに」



 俺は次に猫背を矯正するため曲がっている腰に触れた。

 さっき肩に触れたように。

 すると、柔らかい感触と共に、声が響く。



「ひゃあああっ」

「あっごめん……」



 朝宮さんが可愛らしい小さな悲鳴を上げた。

 こそばゆかったようだ。



「ご、ごめんなさい……。びっくりしてしまって。あの、いくらでも触って大丈夫ですから」

「その発言はどうかと思う」



 その後二人で真っ赤になりながら、姿勢を正していく。

 ようやく良い姿勢になって、朝宮さんが遂に息を入れる。

 すると、ファーというような、サックスの音が出たのだった。



「わっ! 音が出ました!」

「やった!」



 よく考えたら、大阪に一緒に泊まったときに既に音を出していたのだが……。

 整備され「自分の物」になった楽器が鳴るというのは、また違った感慨があるのかもしれない。

 俺は、いちいち喜ぶ朝宮さんを見て、単純に可愛いなと思ってしまった。 



 とりあえず、助っ人が来るということなので、俺は朝宮さんの練習を見ながら待った。



「助っ人って、どんな方でしょうか?」

「どうも俺の知っている人のような感じだったけど……」



 などと離していると、音楽室の入り口がバーンと勢いよく開く。



「助っ人参上!」



 そこにいたのは、幼馴染みの暁星だった。

 どうだ驚いたかと言わんばかりの顔。

 学校帰りのようで、彼女が通っている高校の制服を着ている。



「暁星、どうしてここに?」

「実はタクヤや朝宮さんクラスの担任と知り合いでさ」

「いや、だからどうして?」

「まあいいじゃん。朝宮さんもこんにちは」

「あ、はい。こんにちは」



 どうやら、先生の言っていた助っ人とは暁星のようだ。

 これって何か仕組まれてないか?


 ん? そういえばなぜか微妙に張り詰めた空気を感じる。

 暁星が朝宮さんと俺を交互に見つめていた。



「それで今日は楽器はないの?」

「うん。俺のはね。突然この部屋が使えるようになったし。まず選曲しなきゃ」

「三重奏だよね。編成はAAT(※)。楽譜はいくつかある」  ※アルトサックス×2、テナーサックス1の編成

「あの、私はあの曲……前竹居さんが吹いていらした曲がいいと思います」



 朝宮さんはマイ・ラブに随分思い入れがあるみたいだな。

 でも……。

 すると、庇うように暁星がフォローを入れてくれる。



「楽譜があるか分からないし、探しておくね。今は時間ないし……十分に時間があるときにしよ」

「は、はい」



 暁星を見ると、うん、と言うようにうなずく。

 俺のこと分かってくれてるようだ。

 しかし、次ににやっとすると、どや、と言わんばかりに楽譜を取り出してきた。



「似た名前で『I Love……』っていう曲があるけどどう? この辺りの出身のアーティストが歌ってて、なんと楽譜もあるんだ!」

「似た名前って関係ないでしょ。それに準備良すぎだろ」

「おおーすごいです……!」



 朝宮さんが素直に驚き、ぱちぱちと手を叩いていた。

 いや、どう考えても仕組まれてるんだよこれ。


 そんなわけで、曲も早々に決まり。

 どういう訳かやってきた暁星と俺と朝宮さんで練習をすることになった。

 本格的な練習は明日からだ。



 しかし……暁星が入ってきてからの妙にピリッとした空気はなんだったんだろう?


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