お嬢様と小旅行

第1話 ゴールデンウイークとお嬢様と逃避行(1)

 ゴールデンウィーク初日。

 待ち合わせは駅で集合ということになった。


 だいたい時間通りに駅に着くと、前に見た黒塗りの車がやってきた。

 朝宮さんが降り、俺の姿に気付くとぱっと笑顔になって走ってくる。

 彼女の笑顔を見ると、俺の顔が勝手にほころぶので、がんばって普通の顔を装った。


 朝宮さんは可愛らしい黒いリボンが特徴のワンピースを着ている。

 すごく似合ってるけど、肩が出てて……どきっとする。

 今日は暑くなるという天気予報だったから、それに合わせたのだろう。



「朝宮さん、おはよう」

「竹居君、おはようございます」



 さて、俺はあの車に乗ればいいのかな?

 そう思っていたのだけど、黒い車がすぐに引き返していくのが見えた。

 んん?



「朝宮さん、大阪までどうやって行くの?」

「バスで行けたらと思いまして。チケットもほら」



 朝宮さんは、少し得意げな顔で、大阪行きと書かれた二枚のチケットを俺に見せた。



「初めて買ってみました。大丈夫そうでしょうか?」

「お、完璧だよ」

「ですよね?」



 朝宮さんは、改めて鼻を高くするようにしてにっこりとした。



「バス代は——」

「いえ、お気になさらないでください」



 朝宮さんは俺の意図を察し丁寧に断る素振りをした。

 ちょっと気が引ける。

 でもま、一旦今はとりあえずお言葉に甘えて、何か別のもので返そう。



「うーん、じゃあまた何かで返すよ。時間はもうすぐだね」

「そうですね。ええと、どこに行けば?」

「バスターミナルに行けばいいよ。4番だね。こっち」

「はい! ついていきますね」



 朝宮さんは随分楽しそう。

 俺がのんきにそう思った瞬間——。

 駅の駐車場に滑り込む一台のごつい黒塗りのSUV車が見えた。



「お、カッコいいな、あの車」

「あっ! 竹居君、走って!」



 朝宮さんが、俺の手を握り駆け出した。

 彼女の手のひらは少ししっとりとしていて、ひんやりしている。



「ど、どういうこと?」

「あーもう、来ちゃったのですね」



 何? 来ちゃった?

 さっきのSUV車の後ろに二台目のごついSUV車が並んだ。

 先に停車した車から黒っぽいスーツを着たごつい男達が飛び出してくる。


 テレビでああいう人達に追いかけられて逃げる番組があったな……何だっけ?

 彼らは一目散に駅舎内に駆けていく。

 速い。

 なんだあれは……。アスリートか?



「よしっ」



 駅舎に黒服の男たちが走って行く様子を見て、朝宮さんが言った。

 前に朝宮さんが言っていた、大阪行きに反対する執事さんサイドの人達?

 なんとなく察した俺は、彼女の前を走り、先導することにした。



「俺に付いてきて!」



 朝宮さんに歩調を合わせつつ、彼女の手を引く。


 バスターミナルはゴールデンウイーク突入で、少し混雑していた。

 人混みをかき分け、俺は朝宮さんの手を握ったまま停まっていた高速バスに近づく。



「では、チケットと、お名前を確認します」



 今見つかると逃げられない。

 駅舎内に入っていった黒服の男たちは、まだ出てきていない。

 だったら、まず——。



「朝宮さんが先にバスに乗って」

「……はい!」



 朝宮さんは意図をすぐに察してくれて、俺より先に添乗員さんにチケットを見せた。

 早く確認を終わらせてくれ……!

 黒服が来る前に——。



「お名前は、朝宮様……はい、確認出来ました。どうぞ。席は——」


 やった! 朝宮さんのチェックが終わった。

 これで勝てる……!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る