第2話 ゴールデンウイークとお嬢様と逃避行(2)


「朝宮さん、先にバスに乗って。乗ってしまえばこっちのものだ!」



 そういうと、朝宮さんは無言で頷いた。

 そして手が離れる。


 今まで、互いに強く握っていたのに気付いた。

 この前あれだけドキドキして握られなかった手をあっけなく……握っていた。

 手を離しても、朝宮さんの手のひらの感覚が残っている。



「はい、次は竹居様——」



 俺のチェックが終わり、バスに乗り込んだ。

 席は朝宮さんの隣だ。

 他の席はほぼ埋まっていた。さすがゴールデンウイーク。



「はぁ……はぁ。無事に乗れました。あとはこのまま出発できれば……はぁ、はぁ——」



 朝宮さんは自らの胸に手を当て呼吸を落ち着かせようとしていた。



 彼女の肩に俺の腕が触れる。

 そこから彼女の熱が伝わってきた。



「もしかしてさっきの人達って……」

「は、はい……執事さん派の人たちですぅ」



 朝宮さんの声はうわずっていた。

 いつのまにか、朝宮さんが俺の左手を両手で抱えている。

 少しだけ胸の上辺りに触れて……鼓動が伝わってきそうだった。



 駅舎内から、先ほど見たごついスーツ姿の男の人が出てきて、きょろきょろ周囲を見渡している。

 今までは駅のホームを探していたのだろう。

 バスで行くのは想定外なのか……?


 俺たちは窓枠の下になるように頭を下げて隠れた。



 このまま出発してくれれば……切り抜けられる!

 バスの乗客は、ほぼ乗り込んでいるように見えた。



「神様……お願い」



 早く出発して!

 朝宮さんが両手を合わせて目をつぶり祈っている。



 ……その時、ガクンという揺れがあった。



「皆様お揃いですので、これより出発します」



 車内のアナウンスがあった。

 バスが動き始め、バスターミナルから出て行く——。



 やった、完全に切り抜けたようだ。

 朝宮さんが顔を上げ俺を見つめた。



「はぁ、はぁ……た、竹居君、やりました!」



 そう言って俺に、抱きついて……来ただと……。

 座っているぶんより近くに感じる。

 朝宮さんの柔らかさが伝わってくる。

 高鳴る鼓動まで感じたような気がした。



「うっ……うん。よかった」

「あっ、ご、ごめんなさい!」



 朝宮さんは遠慮したのかスッと離れようとしたけど、俺はそれを制した。

 すると、彼女は横向きで俺に身体を預けたまま、息をつく。 



「ふぅ……ふぅ」



 朝宮さんは、胸に両手を重ねて、息を落ち着かせている。

 まだ動揺が収まらないのかもしれない。



 大阪行きのために無理をしていたのだろう。

 あの人達は朝宮さんの執事さん派の人たちか。

 彼ら……大きな男が数人、大阪行きを阻止しようとやってきたのなら、身内だったとしてもかなり怖かったのではないだろうか?



 俺は思わず、彼女の手に俺の手を重ねて朝宮さんの瞳を見つめる。



「大丈夫? 頼りにならないかもしれないけど、俺がいるから」

「竹居君、ありがとう。その、迷惑かも知れないけど……頼りにしています。ずっと——」

「迷惑なんて、思ってないよ」

「竹居君……」



 朝宮さんは両手で、まるで大切なものに触れるかのように俺の手を包むと、胸の前で抱えた。


 俺はそのまま、彼女が落ち着くのを待ち続けたのだった……。


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