第4話 お嬢様と幼馴染みと誓い

 朝宮さんは、俺の顔を見て心配そうな顔をした。



「大丈夫」

「大丈夫って、無理したらいけないと思います。今日はゆっくり休んでくださいね。約束ですよ?」

「本当は……本当はね、朝宮さんの顔を見れて良かったって思って、嬉しくて涙が出そうだった」



 本当の気持ちを、つい口に出してしまった。

 最近の俺ちょっと変かも。



「え。ええっ?」

「あ、いや」



 俺は恥ずかしくなって朝宮さんから目を逸らす。



「……竹居君」

「ん?」



 しなやかな手のひらが頭に触れるのを感じた。

 不思議な感覚につられて前を向くと、そこには頑張って背伸びして俺の頭を撫でている朝宮さんの姿があった。



「んんん」

「朝宮さん?」

「ど、どうでしょうか? いかかでしょうか?」



 頭に柔らかい動きで触れる手のひらから、彼女の優しい気持ちが伝わってくる。

 同時に背伸びして頭を撫でてくれる朝宮さんが、あまりに可愛らしく、少し笑いそうになってしまった。

 俺は我慢しつつも、しばらく、彼女のなすがままになることにしたのだった——。





 翌日の放課後の音楽室。

 ついに三人が楽器を持って揃った。

 最初だけ音出しと基礎練をして、早速合わせてみる。

 朝宮さんは、さすがにいきなりできるわけは無いので、吹ける音だけ出してみるということにした。



「まずはチューニング(※)だけど。朝宮さんが一番音程がいいな。暁星は高いぞ」

「へいへい」


 ※楽器の音程は気温や息による楽器の暖まり具合によって微妙に変わるため、それを一定の高さに合わせること。


 そして、実際に演奏してみる。

 するとあっさりと一発で通すことができた。



「最後まで通ったね」

「???? 私はさっぱり……でした」

「朝宮さんは落ちなかった(※)ね。よく吹けてたよ。予想以上だった」



 ※落ちる:演奏中、楽譜でどこを演奏しているのか分からなくなること。復帰できればいいが、できなければ何もできなくなる。曲を覚えられていない時によく起きて、結構焦る。



「そうでしょうか……?」

「うん。あと二ヶ月あれば、問題無くできると思う」

「よかった……」



 俺と朝宮さんが話していると、ジト目で暁星が話し始めた。



「この曲、前半……前奏からAメロが一番むずかしくない?」

「うん、最初コケても最後まで引きずらないようにしないとね。朝宮さんも気をつけて」

「はい!」



 相変わらずジト目の暁星。



「ねえ、タクヤ……朝宮サン。二人とも、何かあった?」

「何か?」

「ええと、多分ありませんけど……」

「本当? あやしい——」



 暁星だけが何かに納得していないようだが……。

 久しぶりに合わせる練習は楽しかった。

 一人でやるのと違って、全然深みが違う。


 それに、朝宮さん譜読みがしっかりできている。

 もしかしたらピアノでもやっていたのかもしれないな。



「そろそろ時間なので、楽器をしまって帰ろか」

「はーい」

「はい!」



 俺たちは充実した時間を終え、練習を終えたのだった。



「あの、竹居君。お話しがありまして……少し時間ありますか?」

「うん、分かった」

「ふーん。じゃあ、アタシは先帰るね」



 さっと片付けを終えてさっさと帰って行く暁星。

 俺たちも追うように片付け、音楽室を出て旧校舎を出る。


 大切な話みたいなので、旧校舎を出たところにある、植え込みの近くのベンチで話すことにした。



「それで朝宮さん、話というのは……?」

「竹居君。本当は、わざわざ言う必要は無いのですけど」

「うん?」



 朝宮さんが言い淀む。



「……一つだけ、誓おうと思って」

「誓い?」

「はい」



 何だ? やけに大げさな話になっているような。



「分かった。聞くよ」



 しばらく朝宮さんは沈黙したけど、決心がついたのか、ゆっくりと話し始めた。

 そ、そんなに気合いがいることなのか。



わたくし、練習頑張ります。それで、もし七月の学習発表会の本番ステージで良い結果が出せたら……」

「出せたら……?」

「今まで黙っていたことを、竹居君に伝えようと思っています」



 秘密の告白。

 多分、アレだ……前に俺と会ったことがあるとか、そんなの。



「わかった。でも、そんなに重要なことなの?」

「はい。もし言って竹居君に嫌われたらって思ったら怖くて言えなくて……。竹居君が覚えてないことをいいことに言わずにいるのは、ズルいと思って……います」



 朝宮さんの声が震えている。

 本当に怖いと思っているのだろう。


 でも、どんな内容でも、たかだか俺のことだし。

 たいしたことないはず。

 でもきっと彼女にとっては大きな意味を持つことなのだろう。



「何があっても、俺は朝宮さんを嫌いにならないと思う」



 そう言うと朝宮さんは泣きそうな目をして顔を上げた。

 でも、震えが少し収まったようだ。


 朝宮さんが抱える、言えないこと。

 それがつっかえ棒のように朝宮さんを止めているのなら、当然そんなものない方がいい。



「朝宮さんの言うこと、俺なりに理解したつもり。みんなでうまくいくように頑張ろう」



 俺はそうするのが当たり前のように、彼女の両手を取って握った。

 朝宮さんの震えが止まっている。

 さらに、口元に笑顔が戻ってきている。



「はい!」



 朝宮さんは力強く答えた。

 彼女はさらに続ける。



「それと、あの……私の竹居君に対する気持ちを伝えようと思っています」

「気持ち?」



 それって……もしかして……?

 いやいや、小旅行帰りのバスで、朝宮さんは俺とつきあえないって言ったはずだ。

 でも、それが単なる寝言で彼女の気持ちと違っていたら?

 いやいや、そもそも朝宮さんが俺に好意を抱いているというのが間違っている可能性はないのか?


 頭の中がぐるぐるして挙動不審になっているに、彼女の頬がみるみる赤くなっていく。



「あの、今日は私もお先に失礼します!」



 彼女は、まるで逃げるように走しりはじめ、ぴゅーっと一瞬にして行ってしまった。

 ぽつんと取り残されてしまった俺。



 その後どうやって帰ったのか覚えていない。

 姉さんにも様子がおかしいと心配されてしまったのだった。


 今日が金曜日で良かった。週末ゆっくり休もう。

 あ……でも明日は暁星と買い物に行くんだった。

 集合時間はラインで送られてきていたので、忘れないうちに目覚ましをセットしておく。



 そしてまたもや、寝ようとしたときに朝宮さんのことが頭の中を駆け巡った。

 同時に姉さんに言われたことを思い出す。

 そもそも自分の気持ちはどうなのかと。

 今、一番いい選択肢は何なのかと。



 今は彼女の未来を切り開くことが一番重要なこと。

 俺の気持ちがそれを邪魔する可能性があるなら、一旦置いておくことも必要なのかもしれない。


 多分彼女にはもっと自信が必要で、おそらく次の本番が一つの鍵になるだろう。

 だったら、まずそれを全力でクリアする。

 俺の気持ちなどその後だ……。



 今日は眠れなくなりそうだと思っていた。

 しかし、それは間違いだった。

 俺の頭が限界を超えた結果、とても早く眠りに落ちてしまったのだった——。

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