第5話 お嬢様と幼馴染みとデート(1)
土曜日の午前七時。
俺は暁星と待ち合わせのバス停に着いた。
大阪よりは涼しく、初夏の陽差しでも気持ちがいい。
俺は昨日幸いというか、早めに寝てしまったため、今日の朝は平気だった。
土曜日は怠けてしまって昼まで寝てて姉さんに怒られることが多いんだよな……。
「ふわぁ——」
「おはよ! 時間通りね」
暁星が笑って言う。
妙にテンションが高いな。
彼女は半袖のブラウスと——。
「暁星のスカート姿初めて見たかも」
「そう?」
「うん。ほとんど記憶にないなあ。なかなか似合ってる」
「そっか……えへへ」
正直な気持ちだ。
前はボーイッシュなところがあったけど今は、ちゃんと女の子している。
ちゃんと、なんて言ったら失礼か。
俺たちは待つ間もなく、すぐにバスがやってきて、それに乗り込む。
目的地は郊外のショッピングモールだと暁星は言う。
普段行く楽器店ではない。
「多分八時過ぎには着くと思うんだけど、モールの楽器店こんな時間からやってるんだ」
「ううん、十時からだよ」
「え。二時間も何するんだよ?」
「もちろんその時間は……一緒に映画見よ?」
そういえば、なにか大作のアニメやってるらしい。
男女が入れ替わるヤツだったか、天気を操るヤツだったか?
「いや、聞いてないぞ?」
「言ってないもん」
「はあー? まあいいけど……」
「うんっ」
またもや嬉しそうな暁星。
彼女は隣に座っている俺に肩を積極的にくっつけてくる。
朝宮さんの方が華奢だな。
暁星も線は細いんだけど胸が……。
制服姿を見たときから若干感じていたけど、今日は薄着でそのボリュームがたいへんよく分かった。
「タクヤ……視線イヤらしくない?」
「そ、そんなことはナイケド?」
「ふふん。ま、いいけどね」
暁星は笑いながら言った。
彼女は妙に今日は機嫌がいい。
俺は、視線を外すが……暁星ってなんか垢抜けたような気がする。
「そういえば、暁星は吹奏楽部だろ? 月水金曜日だけとはいえ、こっちの学校に来て平気なのか? 今日も部活あったんじゃないの?」
「う……。実は、今休部してて——」
「そっか」
暁星が触れて欲しくないみたいなので深くは聞かなかった。
なんとなく幼馴染みだけあって暁星のことはなんとなく分かる瞬間がある。
朝宮さんとは違う感じだ。
「だから今日はタクヤと思いっきり遊ぼうって思ってるの」
「こうやって遊ぶのも久しぶりだな。俺さ、暁星に嫌われたと思ってたんだ。去年、全部ほっぽり出して逃げてしまったから」
「嫌ってなんかないよ。アタシだって何もできなかったし……ううん、この話は
「お、おう……俺に?」
「うん。今日は何でも、タクヤのしたいことがあったら言ってよね。何でも!」
どこかで聞いたようなことを言う。
どうせ冗談だと思い、俺も冗談ぽく言ってみる。
「……いやいや、暁星サン? 変なこと言っちゃうかもよ? いいのかな?」
俺としては「変なことは駄目」という答えを予想したのだが——。
「だめ……ううん、いいよ……」
「やっぱ駄目だろ? ……え?」
そう言って、俺の肩に頭を乗せる暁星。どっちだよ……?
今日も脳みそがぐるぐる回りそうな予感がした。
暁星は遠慮がちな朝宮さんと違い、距離が常に近い。距離ゼロ——いやマイナスだ。
でも、よく考えたら彼女とは前からこんな感じだったかもしれない。
こうやって二人で会うのはほんと久しぶりだ。
小学生の頃は当たり前だったのにな……。
やがてバスはショッピングモールに着き、俺たちはそのまま映画館になだれこんだ。
終わる頃にはお昼前で、そのまま映画の話をしながらフードコートで食事をとる。
「あれ、竹居じゃない?」
「一緒にいる可愛い女の子誰だ? うちの学校じゃ見ない顔だけど?」
そんな声が近くから聞こえた。
う……あいつら、同じクラスの奴らだ。
そりゃ、こんな田舎で高校生が遊ぶところなんて限られている。
こういうところに来れば、知り合いに会うのは当然か。
「おい、暁星……手を振ろうとしないでよ」
「えー。いいじゃん。同級生でしょ? タクヤがいつもお世話になっておりますとか言ってきていい?」
「ダメダメ!」
「ちぇっ」
口を尖らせつつも、暁星は楽しそうだ。
そういえば、こういうところに暁星と二人で来たのはいつぶりだろう。
食事をとった後、俺たちは楽器屋に移動した。
暁星は「マイ・ラブ」のアンサンブル(※)用の楽譜を探したが、見つからなかったようだ。
※アンサンブル:二人以上で演奏する形態を指すがこの場合数人程度の少人数の編成を指す
「ネットで探すしかないか」
「そうだね。ありがとな、暁星。朝宮さんのリクエストのだよな?」
「まあね。アタシもまたタクヤの演奏聞いてみたいし。朝宮サン頑張ってるよね」
「うん」
「ちょっと心配だよ。頑張りすぎているというか……。必死というか。ほとんど初心者なのに」
「そうだね。でもそれは、多分——」
『誓い』のためだろう。
「え?」
「いや、なんでもない。応援してあげないとな」
「そうだけど……
暁星が少し気にかけてくれているようだ。
それ自体は、悪くないことなのだろうけど。
少し気になるな。
「じゃあ、次は——」
「まだあんのか」
「うん。もちろん!」
次に俺たちが訪れたのは、パワーストーンのショップだ。
そこでなぜか、俺たちの本番がうまく行きますようにと、数珠のようになったパワーストーンを三つ買った。
俺は紺色、暁星は青色、朝宮さん用に桜色のものを買う。
色の指定は暁星が決めたのだが……何か意図を感じる。
「よし、とりあえず、今日の目的全部終わり! タクヤ、ありがとね」
「お、おう……どうして女子はみんな選ぶのにこんなに時間がかかるんだ……」
「ん? 何か言った?」
「いや、なんでもない。じゃあ、帰ろか?」
「ねえ、タクヤ……。このあと用事ある? 無いよね?」
「そりゃあ、そうだけど」
そりゃ……彼女もいるわけでも無し。
そういうと、暁星はパッと顔を明るくして言った。
「じゃあ、この後うちに来ない?」
「うーん。まあ、いいよ。おじさんやおばさんに会うの久しぶりだな。元気?」
「あ、まあ、う、うん……そうね……うん、元気だよ」
ん?
なんか微妙に暁星がそわそわしている気がするけど……。
こうして俺たちはショッピングモールを出て暁星の家に向かうことになった。
その日。
暁星の両親は旅行に出かけていて、家にはいなかった。
俺がそのことを知ったのは夜が更けてからのことになる——。
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