第6話 お嬢様と幼馴染みとデート(2)
俺は、幼馴染みの暁星に誘われるまま彼女の家までやってきた。
小学生の頃は俺の家とこの家を行き来するほど仲良かったけど、中学三年夏以降、まったく訪れていない。
「お邪魔します」
「いらっしゃい。タクヤ!」
俺は久しぶりに暁星の家に上がり込んだ。
空気感、風景、匂いなど変わっていない。
「そういえば、おじさんやおばさんは?」
「あー。今いない……ね」
「そっか」
俺は、もし会ったら気まずくなりそうだと予想していた。
まあ、でも気がいい人達がだから、どうということはないのだけど。
「あたしの部屋に行こ」
言われるがまま暁星の部屋に入る。
この部屋に入るのは、一年ぶりくらいになるだろうか。
ベッドと学習机と、棚。本棚と小物入れと、小さなテレビ。
印象は前とあまり変わらない。貼ってあったアイドルの写真はなりを潜め、子供っぽさがなくなったような気がする。
ものは少なく綺麗に整頓されているのは相変わらずだ。
遊びに来て色んな物を引っ張り出してぐちゃぐちゃにするのが俺の役目だった。
「なんだか、懐かしいな」
良い匂いがする。
この匂いも変わった点かもしれない。
そして俺も……なんだかそわそわしてくる。
前は落ち着かないなんてことは、無かったんだけど。
「はい、お茶」
「お、初めて暁星がお茶を出してくれた」
「もう。せっかく入れてあげたのに」
少しからかったら、口を尖らせながらも少し嬉しそうだ。
このやり取り含めても懐かしいな。
暁星はベッドの上でクッションを抱えて座った。
俺は小さなテーブルの近くに腰掛ける。
あ、もし……もし、暁星に彼氏がいたとしたら、ここに俺がいるのはマズイよな。
「なあ、暁星、彼氏はいるのか?」
「いないよ。っていうかいたら、タクヤをここに上げてないって」
「そうだよな。でも、卒業式に告白されてたって噂で聞いたけど?」
暁星はふう、と肩を落とし溜息をついた。
「そんなことも噂になってるんだ。付き合ってないよ」
「どうして? 学年で一番人気があるヤツじゃなかったか?」
「どうしても、だよ。ばかぁ」
ぽふっ。
暁星を見た俺の顔に、柔らかいクッションがヒットする。
柔らかいので痛くはない。
「うおっ。何すんだ」
投げ返そうとした俺の手のひらに、暁星の手が触れる。
彼女は俺に抱きついてきた。
瞳に涙を浮かべて。
そのまま押し倒されてしまう。俺が。
「暁星?」
「タクヤは普通にしてるけど……アタシは今日が嬉しくて嬉しくて仕方なかったんだよ?」
「俺も嬉しかったけどな」
「違う。私の方が何倍も……!」
俺の胸に顔を
「一年前……タクヤがよそよそしくなって、どれだけ寂しかったか」
「それはゴメ——」
「ううん。悪いのはあたし。一番辛かったのはタクヤだったはずなのに、あたしが側にいてあげなきゃいけなかったのに」
「そんなことは……」
「ある! タクヤがあのコンサートの日……指を大けがして。コンクールに出られなくて——」
暁星は必死に涙を堪えながら、訴え続けた。
こんな彼女の様子を見るのは始めてだ。
いつも笑っていた暁星が……今泣きかけている。
「部のみんなは分かっていたの。金賞が取れなかったのはタクヤのせいじゃないって。でも、外野がタクヤを許さなかった……」
「知ってる。俺を責めていたのは、暁星や部のみんなじゃない。全部部外者だ。部員の気持ちを代弁しているとか」
「その時、私達がちゃんと説明できていればよかったのに、できなかった——。あれからずっと後悔してたの。ずっとずっとずっと! だからこうやって、前みたいに話して遊んで……それがどれだけ嬉しいか」
暁星は顔を上げ、俺を見上げた。
涙は少し落ち着いてい、こぼれることはなさそうだ。
「俺も逃げ出さず、もっと早く話していればよかったのかもな」
「あんなに嫌がらせまでされて……私たちと距離を取ったのは正解だよ。だからタクヤは悪くない」
あの時は最悪だった。
テレビに出たことがあったため俺の顔が広まり、関係ない人たちが俺を叩き、家族にまで影響があったほどだ。
「そっか」
「うん。楽器も続けていてくれてよかった。もう辞めちゃったのかなって思ってたから」
今でも楽器を続けているのは、朝宮さんのおかげだ。
あの時彼女に会わなければ、本当にやめていたかもしれない。
だから——朝宮さんに感謝しないといけない。
そのおかげで、こうやって暁星と元の幼馴染みという関係に戻れそうなのだから。
俺は暁星に抱きつかれたまま、彼女が落ち着くのを待った。
やがて落ち着き、俺たちは起き上がる。
「そういえば、タクヤ、会わないうちに背が高くなったね。たった一年で体もこんなに——」
「う、うん」
暁星の方が、かなり色々と成長している気もする。
「ねえ、タクヤはなんか言うことはないの?」
「い。いや……その……」
「言いたいことがあるなら言って」
暁星は胸を張った。
「その胸」
「やっぱり男の子はそこか。これねーいつの間にかこんなになっちゃって……朝宮さんより大きいでしょ」
「うん」
誘導されてるな俺……。
「比べるなんてタクヤエロい……」
「あのなぁ。自分から言い出したくせに」
文句を言いつつも、暁星は満更でもなさそうだ。
「はぁ。ちょっとはいいムードになると思っていたのに。タクヤだと全然……」
「他の男だと違うのか?」
「そんなの経験無いし、知りたくもない。でもタクヤは幼馴染みだから許す」
「へいへい、ありがとう。そういえば、おじさんとおばさんいつ帰ってくるの?」
時間はいつのまにか、夜七時を過ぎている。
「さ、さあ……遅くなるみたいだけど……帰ってくるまで、怖いからタクヤ一緒にいてくれない?」
「え? まあいいけど」
さて姉さんに何て言おうか。
絶対後で何か言われるだろうけど、とりあえず遅くなるとだけ連絡を入れた。
その後、既に用意されていた晩ご飯を二人で食べて。
「ねえ、タクヤ。前みたいに一緒にお風呂入ろっか?」
「子供じゃないんだから……無理無理」
「そっか。そうだよね」
今は一緒に入るなんて俺が恥ずかしすぎて無理だ。
どうせ本気で言ってるわけではないだろうし。
そしてしょうもないテレビを一緒に見て……夜十一時になった。
ん? おかしくないか?
「なあ暁星、もしかしておじさんとおばさん帰ってこないのか?」
「うん。だから、ね、この家に一人だと怖いから今日はうちに泊まって行って? 前みたいに」
暁星は普段家で一人になるなんてことは無いのだろう。
最初から言ってくれればいいのに。
とはいえ……もし考える時間があったら俺は素直にOKしただろうか?
どうもなんか、胸がずきっとするような。
「前って、子供の頃だろ?」
「うん。でも、何か期待した? その頃みたいなことはだめだよ?」
「当たり前だっ。もう、しょうがないな」
「よかった……じゃあ、タクヤ用にふとんしくね」
「手伝うよ」
暁星はにこにこしながら俺と準備を始めたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます