第7話 お嬢様と幼馴染みとデート(3)

 子供の頃は幼馴染み……というか親同士も仲が良く、互いの家を行き来してよく泊まっていた。

 もともと暁星はボーイッシュだったし、気が強い一面も見せていたので、俺はどっちかというと男友達とあまり変わらない認識だった。


 一緒に風呂に入ることもあったし、一緒の布団で寝ることもあまり意識しなかった。

 さすがに小学校高学年になるとどちらもやめたわけだが……。

 今彼女を目の前にして考えると、あんなことをしていたのが信じられない。



「で、俺のふとんはどこに? リビング?」

「あのね、それじゃ怖いから……あたしの部屋で」

「うーん」

「ね、お願い」

「はぁ。分かったよ」



 布団と枕とシーツと……バタバタと準備を進める。

 俺はおじさんのTシャツとジャージという姿だ。

 暁星はパジャマ。

 私服より露出少ないのに、妙に色っぽく見える。



「よし。これでおわり」

「うん。じゃあ、そろそろ寝る?」

「そうね」

「もうこんな時間……どおりで眠いわけだ」



 なんだかんだ寝る準備したら日が変わりそう。

 起きたの朝六時だったしさすがに眠い。



「じゃあ、電気切るよ」

「うん」



 暁星はベッドの上、俺の左側にいる。

 俺はその横、床に敷いた布団に横になっていた。

 真っ暗になったので、天井は見えない。


 うつら、うつら、とし始めたとき。



「まだ時間が必要よね……」

「え?」



 唐突に暁星の声が聞こえた。



「タクヤはさ、今付き合ってる人いないんだよね?」

「うん」

「そっか……じゃあ、前みたいに一緒に寝ない?」

「いやいや、それはマズイでしょ色々と」

「なんでよ。フリー同士、問題無いでしょ。子供の頃、あんなに一緒だったわけだし」



 色々と無理がある訳だが……。

 俺はやんわりと断リ続けていたのだけど、急に暁星が無言になった。

 そして衣擦れの音が聞こえたかと思うと、何者かが俺の布団に侵入してきた。

 温かいものが、突然体に触れてびっくりする。



「おい! 暁星!」

「いいからいいから……ちょっとだけ」

「それ男が言うセリフじゃないの?」



 俺は仕方なく暁星分のスペースを作るため、右側に移動した。

 でもこの感じ……懐かしい。

 肌が直接触れあうわけじゃない。

 多分、体温の感覚だ。

 朝宮さんと触れて寝たときと感じが少し違う。


 と思った時、暁星が俺の脇腹につつてきた。



「な、なんだよ?」

「今さぁ、他の女の子のこと考えてなかった?」

「い、いや……そんなことはない」

「ふーん」



 見えないけど多分暁星はジト目をして俺を見ているのだろう。

 多分、目の前の少し先に暁星の顔がある。

 僅かに、温かな吐息を感じた。



「ねえ、腕枕して」

「はぁ?」

「お願い」



 どこまでもワガママを通すつもりだな。

 俺はやれやれと腕を暁星の頭の下に通した。

 暁星と向かい合って……互いの体が近づく。

 だけど俺の腕と彼女の頭以外、触れることはない。



「今なんだか……すごくスムーズだったけど。慣れてない? 腕枕」

「い、いやそんなことは」

「タクヤの女タラシ」



 暁星の声が低い。

 やっぱり朝宮さんと寄り添って寝た時の経験が生かされたのかも。


 でもなんだか……あの時以上に眠い気がする。


 朝宮さんとの時は、体が反応しまくったけど。

 暁星とはとても落ち着いてしまう。

 どちらかというと癒やしを受けているような感覚なのかもしれない。

 昔の記憶によるものなのかな。



「懐か……しいな……この感じ」

「そうだね。この温かさも、匂いも。タクヤのはとても好き」

「ん……?」

「ううん。またちゃんと言う」

「また? ……そう……か」

「タクヤ、眠いの?」



 暁星の声が随分遠くに聞こえる。

 俺は誰かの体温を感じると眠くなるのかな。

 暁星だと特に。



「うん……」



 闇の底に沈んでいく。






 何も聞こえず、何も見えない中で不思議と暁星の温かさだけは感じている。

 意識もぼんやりしている。

 きっとこれは夢なのだろう。



「あら卓也と恵利ちゃん、一緒に寝ちゃって……」

「そうね、仲いいわねー。この歳でこんなに仲いいものかしら?」

「どうでしょう? でも二人とも、幸せそうね」

「ホントに……。朝までこのままにしておきましょ?」

「あら、いいんですか? では、お願いします」



 母さんとおばさんの声が聞こえた。

 懐かしい声。

 そっか。俺たちをこうやって見守ってくれていたんだ。




「タクヤ……。寝てるよね?」



 今度は暁星の声が聞こえる。

 さっきまで聞いていたような、高校生の暁星の声。



「タクヤ……。また話せて本当に良かった。本当に。本当に、嬉しかったんだよ……」



 その声は、少し切なそうで、少しだけ鼻声になっているような気がした。

 さっきの母さん達の声に比べて、やけにはっきりと聞こえる。



「タクヤ……。告白なんかダメよね。あなたを見放してしまったあたしが……どんなつら下げてって話だよね」



 暁星が泣いているような気がした。

 俺は夢の中で、腕枕している手で彼女の頭を撫で、抱き寄せる。



「えっ?」



 大丈夫、大丈夫。そう言いたいけど、夢だから声が出ない。



「タクヤ……優しいタクヤ。好き……大好き。せめて……今だけは……いいよね?」



 俺はうなずこうとする。

 どうせ体は動かないだろうし、どうせこれは夢だ。

 もちろん、夢だから何をしたっていい。



「ほんとに?」



 次の瞬間。

 唇に何か柔らかいものが触れた。

 カサカサだった唇が、優しく潤っていく。

 同時に、冷たい水滴……涙? が落ちてくるのを感じる。

 


「タクヤ……ごめんね……ありがとう」



 スッと離れる温もり。

 わずかに湿った唇を、別の何かが拭った。

 夢なのに妙にリアルだ。





 離れたはずなんだけど……。

 ぼんやりとした意識が持ち上がる。



 唐突に、首筋に柔らかいものが触れる。

 暁星の唇……?

 さっきと違って、随分ぼやっとした感覚だ。


 俺が抱き締められているような、そんな——妄想のような柔らかさ。

 大きな……暁星の胸の……。



 そして、その柔らかいものは俺の全身に触れていき——。



「あぁ……」



 ぼんやりとした夢の中で。

 俺は柔らかな温かいものに包まれていた。

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