第9話 お嬢様と幼馴染みと初本番(1)
七月に入り、俺と朝宮さん、暁星の三人の練習は熱を増していった。
朝宮さんは俺の知らないところでも何らかの練習をしているようで、上達が激しかった。
もっとも、たった二ヶ月でできることは知れている。
「朝宮さん、頑張りすぎてない? 本番が近づくほど無理は禁物だよ」
俺は、帰り道で聞いたことがある。
「いいえ。大丈夫です。竹居君に迷惑をかけないように頑張ります」
「迷惑だなんて。そんな——」
「私は、強くなりたいと思うのです。精一杯頑張ったと思えたら、少しは竹居君や暁星さんに近づければ、きっと決められたものと違う道が見えそうな気がして」
「えっ?」
「だから、見守っていてください」
そう言われてしまうと、俺も強く言えなくなっていた。
成果を見ると感心せざるを得なく、それは暁星も同じように感じていたようだ。
だからこそ、暁星も心配していた。
本番は魔物が潜む——俺や暁星が何度も経験してきたことだ。
ちょっとした、何気ないことが大きな失敗に繋がることもある。
練習以上のことはできないというが、本番の出来が練習を大きく下回ることだってある。
もし万が一、失敗した時に大きな絶望を感じなければいいが……。
その心配は、俺と暁星で共通した心配事だった。
暁星は、必要以上に俺と話をすることも無く、あの日……彼女の部屋に泊まった日以降、休みの日に呼び出されることも無い。
二人はまるで競うように、真剣に音楽に向き合っていた。
しかし一方。
以前、俺が朝宮さんとのことで関わった夜叉の動向が気になっていた。
クラス内での地位を一気に失ったアイツは、最近こそ大人しくしているものの、何か隠れて画策しているような……嫌な予感がしていた。
まあ、何があっても俺は立ち向かうつもりではあるが。
本番前日の練習後。
「じゃあ、朝宮さん、あとは本番、とその前に音出しが一時間できるね」
「音出しは十時からここですね。本番は午後十一時から学校本校舎前のロータリー前で」
「そだね。あと、暁星もよろしく」
学習発表会は土曜日に行われる。
暁星も朝からやって来るのだという。
「おっけー。じゃあ、また明日!」
いつのまにか、俺はチームワークが生まれているように感じていた。
きっと明日はうまくいく。
そうしたら……俺は……朝宮さんに——。
そして学習発表会当日。
「竹居君。一緒に回りませんか?」
俺は、そう言われて朝宮さんと音出しの時間までクラスの展示を見て回ることになった。
展示には全く参加していないので、少し気になっていたようだ。
俺たちのクラスに入ると、何人かのクラスメート達が俺たちを見た。
「朝宮さん、楽器の演奏するんだって?」
「竹居も一緒にって?」
一瞬で取り囲まれる俺たち。
クラス展示の準備へ俺と朝宮さんが参加しないことを先生が説明してくれていたものの、その理由まではクラスメートたちには伝えられていなかった。
今日ようやく、楽器演奏のことをクラスメートは知ったのだ。
「だから一緒に見ることが多かったのね?」
「あーよかった。朝宮さんと竹居が付き合ってるわけじゃなくて——」
少し前から、俺や朝宮さんはクラスのみんなから話しかけられることが多くなっていた。
クラスのみんなは「楽しみにしてるよ!」と言ってくれた。
若干プレッシャーだな。
そう思いつつ見渡すと、ざわざわ……と数人の声が聞こえた。
展示室の一部で人だかりができている。
「竹居君、何でしょうあれ?」
「さあ? 他校の女の子?」
人と人の隙間から、ちらっと中心になっている人の姿が見える。
あの制服は……。
「タクヤ! 朝宮サン!」
人だかりの中心にいたのは暁星だった。
「おう。何してんだよ」
「いやー。二人を探していろんな人に聞いていたら、みんなついて来ちゃって……」
続いて、暁星を囲んでいたクラスメート達が俺に話しかけてくる。
「おい、なんでこの子竹居のこと探してたんだよ?」
「いや、今日一緒に演奏するメンバーなんだ」
「なんだと? 彼女が着ているのは他校の制服だろ? 竹居とどういう関係?」
「幼馴染みだよ」
「あぁ……竹居、お前ってヤツは。紹介してくれ——」
なんか人気だな暁星。
まあ、せっかくなので紹介しておこう。
「こっちは、今日演奏の助っ人に来てくれることになった暁星絵里さん。タメで、南高に通ってる。みんな、よろしくな」
俺が紹介を終えるが早いか、話しかける男共……。
それを見て呆れる女子達。
うちのクラスの展示室はやや混沌とした様子になった。
「竹居君……ちょっと早いけど、暁星さん大変そうだし、音楽室に行きませんか?」
「そ、そうだな」
俺は暁星に耳打ちする。
そして朝宮さんと暁星、そして俺は逃げるように旧校舎の音楽室に向かった。
「竹居のヤツ……なぜアイツだけが、可愛い子を独占してるんだ……?」
「俺も楽器やってみようかな」
俺はクラスメートの男どもに怨念を背中に感じながら、二人と一緒に走ったのだった。
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