第8話 お嬢様と幼馴染みとジト目

 見覚えのある天井。

 ここは暁星の部屋だ。

 そっか、泊まったんだ。


 俺は部屋を見渡した。

 暁星は、ベッドで眠っている。


 床に敷かれた布団から出てぶるっと震えた俺は、とりあえず寝ぼけながらもトイレに向かう。

 勝手知ったる幼馴染みの家だ。


 トイレに腰掛け、用を足しながらぼーっと考える。

 うーん、昨日見た夢、やけにリアルなところと、ぼやっとしたところがあったな。


 それにいても、夢の終わりのアレはなんだ?

 暁星と最後までしてしまう夢。

 柔らかな温かさに包まれて——。


 それを思うと、少し胸がズキッとした。


 途中の……唇に何かが触れる夢。

 あの感触がまだ残っているような気がした。

 あれは、本当に夢だったのだろうか?



 部屋に戻ると、暁星が目覚めていた。



「タクヤ。トイレ行ってた?」

「うん」

「そっか……おはよ……」

「おはよう」



 暁星は、俯いたまま目を合わせなかった。

 いつのまにか頬を真っ赤に染めた暁星が言う。



「じゃあ、着替えるから……タクヤは隣の部屋で」

「あのさ、暁星……夜のことなんだけど」

「う、うん」

「俺、暁星に変なことしてないよな?」

「うん。タクヤはよく寝てたよ」

「よかったぁ。襲ったりしてないか心配だった」

「どっちかというと私の方が色々と——」



 最後の方は声が小さくなって聞きとれなかった。



「えっ? どっちかというと?」

「ううん。なんでもない。じゃあ、着替えるから」



 追い出されるように部屋を出て、着替えてから二人で朝食を食べた。

 暁星は言葉が少な目で大人しく、終始顔を赤らめていた。



「じゃあ……。昨日からありがとね。朝までいてもらって」

「ううん、なんか懐かしい感じがしたし、暁星といろいろ話せて良かった」



 結局、おじさんとおばさんは夜に帰ってくるようだ。



「また、こうやって泊まりに来てもいいよ? お父さんとかお母さんとかまた会って欲しいし」

「そだな。久しぶりに会ってみたいな。また寄らせて貰うよ」

「うん! じゃあ、また練習で」



 こうしてまるっと一日の暁星とのデートは終わった。

 俺は、しばらくあの不思議な夢の感触を忘れることができなかった。






 週明け月曜日の昼。

 最近はいつも、朝宮さんと俺、昼河と早希ちゃんの四人で机を囲み、昼食を食べるようになった。



「竹居……。この土日でさらに呆けてないか?」

「……」

「ダメだなあ、朝宮さん、何か知ってる?」

「いいえ……」



 はっ。

 完全に上の空だった。



「ごめんごめん」

「あの、どうされたんですか?」



 あれ?

 なんか微妙に朝宮さんの声が低いな。



「いや何も無いけど……」

「竹居……それは無理があるぞ。白状しろ」

「えっと」



 幼馴染みと遊び、一泊したこと。

 別に、何かあったわけじゃないから正直に言えばいいはずなのに。


 なぜか、言葉に出ない。

 朝宮さんがいるから?



「昼河君。ちょっと言い方がキツいと思います」

「えっ。そんな——いや、朝宮さん、竹居の味方なの?」

「はい! 私は竹居君につきます」



 冷や汗をかく俺を、朝宮さんが救ってくれる。



「はぁ……竹居、またいつか教えろよ?」

「あ、ああ」

「竹居君、私もお願いします」

「うん」



 そうしてやっと二人の尋問から解放された俺を、早希ちゃんはにこにことしながら見ていたのだった。





 その後、練習で会ったのだが、その時は不思議と、おかしな雰囲気にはならなかった。

 暁星は俺と違ってちゃんと気持ちを切り換えていた。



「朝宮サン、これ、書き変えた楽譜ね。ほとんどはあたしかタクヤの伴奏だけど、最後の締めは2ndアルトがメロディをやるようにしてあるから」

「は、はい。ありがとうございます!」

「頑張ってね」



 朝宮さんの自信になるように俺は暁星に編曲をお願いしていた。

 僅か数小節だが、最後の最後に歌い上げるメロディを担当して貰う。

 ほぼソロ(※)で、曲の印象を決める大事なところだ。

 演奏自体の難易度は低いと判断した。


※ソロ:メロディを一人で演奏すること


「これ……最後のメロディ、責任重大ですね」

「うん。できそう?」

「がんばります」



 朝宮さんの返事は、常に前向きで気持ちがいい。

 だったら、俺はそれを全力で支援するだけだ。



「あと、これ。プレゼント」

「はい?」



 俺は、暁星と二人で買った桜色のパワーストーンを手渡す。



数珠じゅず?」

「うん。うまく、本番を迎えられますようにって。暁星と俺から」



 そう言って、俺が身につけている数珠を見せる。

 暁星も身につけているのがちらっと見える。



「あっ」

「ん?」

「もしかして……これを選んでくださったのでしょうか……暁星さんと



 ピシッ。

 一瞬空気が凍り付いた気がするのは気のせいだろうか。



「嬉しいけど……嬉しいのに、何か……こう……何か……」



 朝宮さんは、嬉しそうな顔とジト目の顔を交互に繰り返した。





 俺たちは三人で練習を続け——。

 気がつけば、暑い夏がやってきた。

 いよいよ、本番の学習発表会だ。


 全ては、この日のために。

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