第7話 お嬢様と夏休みと花火大会(2)


「あの、ここ——誰もいませんし……少しだけ二人だけで花火を見ませんか?」



 昼河からのメッセージを表示していたスマホを、俺はしまう。

 朝宮さんを見ると、頬を染めて少し上目づかいで俺を見ている。

 こんなの断れるわけない……。



「うん。分かった。少しだけ」



 花火のフラッシュのような光が、朝宮さんの顔を映し出す。

 その顔はとても端正で、とても綺麗で、とても可愛らしくて……。

 アニメとかマンガとかドラマで「花火より君の方が綺麗だ」——とか言うセリフを放つ男の気持ちを、俺はようやく理解した。

 ただ、それ——言うのってとてつもなく恥ずかし……。



「花火より、朝宮さんの方が綺麗だな……」

「え……」



 あっ。

 思ったことがつい口から出てしまった。

 恥ずかしい……とても。

 さっきの朝宮さんのように、両手で顔を押さえそうになるけど堪える。



「あ……あの……嬉しい……です」



 ぎゅっと、朝宮さんが握る手に力を込めたのを感じる。

 俺は照れ隠しで、右手に繫いでいた手を左手に持ち替えた。

 彼女は俺の前に来る。


 花火の方向……同じ方向を見ていたかったから。


 すると、彼女は空いていた右手で俺の右手を探してつないでくる。

 俺たちは、両手を合わせたまま、しらばらく花火を見続けた。



「来年も……」



 しばらく経って、朝宮さんが言った。



「ん? 来年?」

「はい。来年もこうやって……竹居君と花火を見られたらいいなって思いました」



 そういえば、朝宮さんの口から未来の楽しみが語られるのは、初めてじゃないだろうか?

 未来を絶望するのではなく、希望を。

 その手伝いができるなら——。



「うん。また来年、絶対に見に来よう。この花火を」

「はい!」



 目を合わせないから恥ずかしいことが言えたのかもしれないけど。

 目を合わせないからと言って、決してデタラメではなく。

 互いの手の温もりや息づかいを感じながら繫ぐ言葉に、嘘偽りはないと俺は思うのだった。






 朝宮さんは今俺の前にいて。

 俺の胸に背中を預けてくれて。

 両手を繫いでいて。

 来年も来れたらいいねと話をする。


 とてもいい雰囲気だけど、スマホの通知音がそれを邪魔をする。

 しまった。通知音を切っておけば良かった。


 さっきから、スマホの通知が止まらない。

 たぶん、昼河だろう。


 くっ。

 スルーしすぎたかもしれない。

 でも、朝宮さんの手を離したくない。



「あの、通知……昼河さんですか?」

「うん、たぶん」

「待たせるのも悪いですし、そろそろ……向かった方が良いかもしれませんね」



 そういえば立ったまま花火を見続けて随分経つ。

 足も少し疲れてきていた。

 しょうがない、と思いつつ手を離して、スマホをチェックする。



「どうした? って心配されてた」

「いけませんね……。連絡して合流しましょう」

「うん。うまく確保できてたら、すわれるかも知れないし」

「はい。ちょっと足が痛くなってきました」



 そりゃ結構歩いたし、さっきからずっと立ってるし。

 慣れない浴衣っていうのもあるかもしれない。



「場所はだいたいGPSで分かったし、後は昼河たちと合流するだけだな」

「そうですね。あの、もし……お付き合いしていたら……ずっと二人だけで見れたのでしょうか?」



 うーん。

 どういう意味だろう?

 とりあえず言葉通り答えておくか……。



「そりゃ、周りが色々と気をつかってくれて、二人で放っておかれるかもしれない。たぶん」

「そうですよね。さっき、暁星さんの先輩が言われたことが気になりましたけど……そうですよね」

「うん……?」

「じゃあ、行きましょうか」



 朝宮さんに促され、俺は歩き出した。

 よく考えたら、昼河たちも付き合ってるのだけど、わざわざ俺たちが座る場所も探させてるわけだし、行かない方が悪いよな。


 だけど、朝宮さんは結局何が言いたかったのか。

 俺と付き合えたらってこと……?








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