第8話 お嬢様と夏休みと花火大会(3)


 朝宮さんは今俺の前にいて。

 両手を繫いでいて。

 とてもいい雰囲気だけど、スマホの通知音がそれを邪魔をする。

 しまった。音を切っておけば良かった。


 さっきから、スマホの通知が止まらない。

 多分、昼河だろう。


 くっ。

 スルーしすぎたかもしれない。

 でも、朝宮さんの手を離したくない。



「あの、通知……昼河君ですか?」

「うん、たぶん」

「待たせるのも悪いですし、そろそろ……向かった方が良いかもしれませんね」



 そういえば立ったまま花火を見続けて随分経つ。



「そうだね。行こうか」



 名残惜しかったけど、一旦手を離して歩き始める。

 駐車場から通りに出ると、人通りは多い。

 ざわざわと花火が上がる中、人の波が左右からやってきて流されそうになる。


 もしやと思い振り返ると朝宮さんの姿が見えなかった。

 すると——



「竹居君!」



 焦りかけたけど幸い朝宮さんはすぐ右隣にいた。

 俺がきょろきょろしていたから声をかけてくれたみたいだ。



「私はここです」

「……あのさ、はぐれないように手を繫ごうか」



 俺は彼女の手を取る。

 再び、しっとりとした感触が俺の手のひらから伝わってくる。

 細くしなやかな指。



「はい。ありがとうございます」



 朝宮さんは頷いてくれた。



 相変わらず人が多く、歩くのに難航する。

 それでも、なんとか昼河達を発見し合流することができた。

 暁星が別行動になったことは既に伝えている。


 湖の沿岸の公園。

 この辺りは、芝生が帯状に湖を縁取るように広がっている。


 その芝生に、恋人同士、友達、家族連れなど多くの人たちが敷物をひろげ座っている。



「おー、遅かったな……。まったく、手なんかつないじゃって」



 昼河に指摘されて離そうかと思ったけど、結局そんなことはできなかった。



「早希、信じられるか? これで付き合ってないんだぜ……」

「別にそういうことよくない? 竹居君、朝宮さんお疲れ。場所はバラバラになっちゃってね。竹居君たちはあそこだよ」



 昼河の発言をスルーして早希ちゃんが指さした方向に目を向ける。

 少し離れたところに数人分の広さの敷物が置いてあった。



「ありがとう、二人とも。分かった。じゃあ、また後で」

「ああ。またな」

「またね。朝宮さんも」



 わざわざ気をつかってくれたのか、それとも昼河たちが二人だけで花火を見たかったのか。

 分からないけど、期せずして朝宮さんと二人きりになった。

 まあ、さっきと違って周囲は多くの人がいるけど。


 俺たちは敷物の上に座り、花火がやっている方に目を向ける。

 すると、俺の手の上に何か重なるものがあった。


 朝宮さんだ。

 彼女は俺の手の上に指を重ねている。


 俺は、無意識のうちに指を絡ませるようにして手を繫いだ。

 恋人つなぎ——。

 指と指の隙間から、彼女のしっとりとした手の指の感触が伝わってくる。

 その滑らかな肌の感触は、まるで俺の指に吸い付くようだった。



「あっ……」



 その瞬間、朝宮さんがぴくっと震え、僅かに吐息を漏らした。

 ほんの少しだけ高い……かすかな声。


 意識していないはずなのに、俺の絡めた指に力が入った。

 視線を感じ朝宮さんの方を見ると、彼女は真っ赤になって俺を見つめていた。



「あ、あの……指……どきどきしちゃって」

「うん。俺も……いや?」



 朝宮さんは首を小さく振った。



「このままで……お願いします」



 朝宮さんは俺の耳元でささやくと、また花火の方に目を向けた。



 どーん。

 黒い空が、色とりどりの光の輪で彩られる。



「竹居君、あれ……」

「えっ?」



 朝宮さんの視線を追うとその先には昼河と早希ちゃんがいた。

 なんと、二人は顔をくっつけ……軽くキスしているのが花火の光で一瞬だけ見える。


 ——アイツめ。暗いし誰も見てないと思って油断したな。


 次の瞬間には顔を離し、何事もなかったように普通に戻る二人。



「わっ。昼河のヤツ……けしからん!」

「でも、とても素敵ですね。私も……ああいう——」

「えっ?」

「い、いえ、なんでもありません」



 また真っ赤になっていく朝宮さん。

 俺は、彼女をぐっと抱きよせたい気持ちを、周囲の目もありずっと我慢し続けた。 

  


「あっ、あの花火可愛いです」

「絵みたいですごいね。——この花火……すごく大きい」

「ふふっ。そうですね。竹居君、かわいい子供みたいです」

「そういう朝宮さんも、はしゃいでいるよね?」

「はい。こういうの……私、初めてで。竹居君と一緒に経験できてとても楽しいです!」



 その後も二人で花火を鑑賞する。

 俺たちは手を絡ませて——恋人繋ぎのまま——つないだことを忘れて花火を見た。


 そして佳境を迎え、大歓声のうちに最後の花火が打ち上がる。

 正直、あっと言う間だ。



 花火の光に照らされた朝宮さんに目を向けて。

 彼女の横顔はとても綺麗で——。

 俺は何も言えないまま空を見上げ……同じ事を幾度も繰り返す。



 そんな夏の、夜の時間だった。


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