閑話 お嬢様のお見舞い(2)
朝宮さんは、リビングに落ちていたと思われる長い髪の毛を見せてきた。
それは朝宮さんのものでなく……。
「あの、朝宮さん、怒ってる?」
「いいえ、あの、竹居君の家にお邪魔できる女の方がいるんだって思って……羨ましいなと思ってしまいました」
やっぱ怒っているように感じるけど気のせいかな。
なぜだろう。嬉しいと思ってしまう。
「それ、姉さんのだよ」
「えっ? 竹居君の……お姉様?」
「うん。一緒に住んでる。前言わなかったっけ?」
朝宮さんは急にぱっと顔を上げる。
ちょうどその時、ピンポーン、とインターフォンが鳴った。
「噂をすれば、帰ってきたみたいだね」
「えっ。お姉様!? えええええええぇぇ! わ、私はどうすれば……?」
朝宮さんは挙動不審になっている。
「普通にしていればいいよ」
俺は姉を玄関に迎えに行く。
すると朝宮さんもついてきた。
「き、緊張します」
「そう? まあどうせ姉さんだし気軽に」
鍵を開け、がちゃりとドアを開けるといつもの感じで姉さんが入ってくる。
「ただいま……わっ。誰……? ん? 見覚えが」
「おかえり。朝宮さんだよ」
「うおおおおおお。朝宮さん、初めまして!」
姉さんがめっちゃ興奮して鼻の穴を全開にしているけど相手にせず、朝宮さんに姉さんを紹介する。
「はあ……朝宮さん、これが姉さん」
「は、初めまして。竹居君のお姉様……!」
「ふっ。私がいない間にこんなかわいい子を連れ込むとは。我が弟ながらやるわね」
緊張しているのか、少しカチコチになって朝宮さんは挨拶している。
動きがロボットのようだ。
「もしかして卓也の見舞い? わざわざありがとうね。お友達がお見舞いなんて……何世紀ぶりかしら」
「は、はい……そうなのですね」
「朝宮さん、姉さんなんかマトモに相手したら脳が破壊されるからほどほどにね」
「ふうぅん。朝宮さん、私の部屋で話さない?」
え? 何言ってんのこの人。
変なこと吹き込みそうでいやなんだけど。
「ほら姉さん、朝宮さん嫌がって——」
「大丈夫大丈夫。遠慮しなくても」
そう言って姉さんは、朝宮さんを自分の部屋に連れ込んでしまった。
バタン!
姉さんの部屋のドアが閉まる。
いったい何考えてんだー!?
しばらくして。
二人が和気藹々として部屋から出てきた。
賑やかに喋りながら俺がいるリビングにやってくる。
「あー、楽しかった」
「はい、私も楽しかったです」
ああ、朝宮さん……きっと姉さんに気を遣って心にもないことを言っているんだ。
かわいそうに。
あとでお疲れさまと言ってあげよう。
「朝宮さんごめん。こんな姉で。お疲れさま」
「いえ、本当に楽しくて。竹居君の小さい頃の写真も見せていただきましたし」
げっ。
もしや俺の幼児時代の全裸シリーズ見せた……のか?
「えっ、保育園児時代の?」
「はい。とてもかわいくて。今はすっごくかっこいいですよね」
あのいろんなものを丸出しでドヤった顔をしている写真を見たのか。
もうお嫁に行けない……。
ん?
あれ? 今なんて?
「それに、テレビ出たときのも一緒に見ました」
おい……何見せてんだよ……。
「いや、あれは黒歴史だし」
「そうなんですか? 私は……やっぱりあの曲、好きです」
そっか。テレビでも演奏してたっけ。
俺も好きだけど、あの映像は中坊時代の生意気さというか……調子こいてる感じが黒歴史なんだ。
「あはは……」
「そろそろ遅くなったし、万莉ちゃん送ろうか?」
「大丈夫です。そろそろ迎えが来ると思います」
姉さん、もう名前呼びしているし。
はあ、と深い溜息するを俺を慰めた後、朝宮さんは帰っていったのだった。
「万莉ちゃんすごくいい子じゃない。卓也くんは見た目だけで選ぶような男じゃなかったな」
「あああ。朝宮さんが姉さんに
俺は頭を抱えるフリをする。
「失礼なこと言うな。せっかく褒めたって言うのに」
「朝宮さんは俺の看病に来たの。何二人で楽しんでんのさ」
「そりゃいろいろと。雑炊作って貰ったんだって? 愛の力ねぇ」
「あのさあ、朝宮さんは俺なんか眼中にないよ。ただ楽器買いに付き合ったからそのお礼として来てくれただけだよ」
俺とはつきあえないって言ったし。
そういうことだろう?
「どうだかねぇ。もし仮にそうだとして、卓也はどうすんの?」
「どうするって、今まで通り——」
「それでいいの? あんな器量も良くて可愛らしい子、男が放っておかないでしょ。取られてもいいの?」
普段、姉さんはこんなこと言わない。
でも今日は過保護というか妙に突っ込んでくると言うか。
もの凄く朝宮さんを気に入ったのか、それとも……?
「取られるって、そりゃ……他の男とか……嫌だけど」
「ちょっと
「そんなん余計なお世話だと思うけど。それに将来には相手が」
「将来のことなんか分からない。
今、一番いいと思う選択……?
今までは確かになんとなく、したいと思うことをしていた。
どちらかというと流されていたかもしれない。
「どっちにしても万莉ちゃん泣かせたら……アンタをシめる。よく考えな。万莉ちゃんとどうなりたいのか」
朝宮さんとどうなりたいのか。
俺は……。
ううん。朝宮さんと一緒に旅行に行った帰りのバスの中で、どうするのか決めたはずだ。
「大丈夫。泣かせるようなことはしないよ」
俺は胸を張って答える。
「それなら、大丈夫」
姉さんは久しぶりの俺の頭を撫でてくれたのだった。
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