第5話 お嬢様と文化祭と様々な気持ち


「ひさしぶりっ。タクヤに朝宮さん、元気してた?」



 十月の初め。

 旧校舎の音楽室。いつも通り練習していた俺と朝宮さんだったが……。

 バーンと勢いよくドアが開け放たれ、俺たちはその人物に視線を向ける。



「おお。久しぶりだな」

「お久しぶりです。暁星さん」

「ふむふむ。なるほど」



 久しぶりに見るは、明るく楽しそうだ。

 彼女は俺と朝宮さんを交互に見て、うんうんと頷く。



「何がナルホドなんだよ?」

「いや、いろいろ。大丈夫そうね」

「……はぁ? 何言ってんだか」



 そう誤魔化しつつも、最近朝宮さんとは微妙な距離があるような気がする。

 ここのところ朝宮さんはずっと考えごとをしているように見える。

 一方、俺は益々朝宮さんを意識してしまっているような気がする。



「まあ、それは置いておいて、すぐ準備しちゃね」

「そういえば部活はどうなったんだ?」

「ああ、あはは……」



 少し照れながら、暁星は話をしてくれた。

 花火大会の時、先輩に復帰の糸口を用意をして貰ったこと。

 そして、部活動のみんなはコンクールが終わって、それなりの結果を出したこともあり、ピリピリした感じも無く、一旦は暁星を受け入れたこと。



「そっか。よかったな」

「うん……でも……。でもね、少し困ったことがあって。この練習、今後はなかなか来れないかも知れない」



 暁星によると、復帰した以上部活を休むわけにはいかない。

 部活に出ると平日の参加は難しいということだ。



「そっか……どうしたものかな」

「あの、土曜日はいかがでしょうか? 土曜日は部活の関係もあってここの学校も開いていますし、ここも使えるのではないでしょうか? 是非、暁星さんとまた御一緒できたらと思っています」

「先生に聞いてみるか?」

「はい」

「ごめ——ううん、二人ともありがとう」



 暁星は、やや瞳を潤ませていた。

 前より表情が柔らかくなっている気がする。


 俺たちは練習後、暮羽先生に許可をもらいにいくと、問題無く許可を貰った。

 今後は平日に加えて土曜日も練習だ。



「タクヤ、少し話がある。今日の練習の後少し話がしたい」

「あ、ああ……分かったけど……今じゃダメか?」

「うん」

「じゃあ、私は先に帰りますね」

「うん……朝宮サン、今日はありがとうね」

「いえ。またこれからもよろしくお願いします」



 朝宮さんは少し足早に帰って行った。



「朝宮サン……。何か悩んでいるのかな?」

「あ、やっぱりそう思う?」

「うん。何かあった?」

「今日、先輩から告白を受けていたみたい」



 そうだ。あの後から、様子が少し変わったような気がする。



「そっか。そりゃそうよね……」

「そりゃそうって?」

「はぁ……タクヤって……。あのね、最初はずいぶん冷たい印象がしてたけど今はとても表情柔らかくなってる気がするのよね。人気が出るのは当たり前だと思う」

「そ、そうか……」

「うん。それで、私のことだけど——」



 暁星は、自分のことを語り始めた。

 今通っている学校での吹奏楽部に復帰できて、嬉しかったこと。

 でも、こっちの三人での練習も楽しく、文化祭には是非参加したいこと。



「この場所があるから……私は復帰できた。だから、二人の力になりたい」

「そうだな。デュエットも悪くないけど、やっぱりある程度人数は欲しい」

「だったらさ、ウチの部に聞いてみようか? ベースやドラムがあるとまた違うし」

「本当か? 頼む」

「うん。わかった!」 



 暁星は嬉しそうだ。

 これで、ベースやドラム、可能ならキーボードもあるといいかもしれない。

 そうすれば、他のバンドに対抗できるだろう。



「それでね、タクヤ……あたしはね……」

「うん?」



 急に暁星の声が変わったことに気付く。

 落ち着いて艶やかな声。



「もう一つ気付いたの。しばらく会えなくて……学校が違うなんて前から分かってたのに、こっちの練習に参加できなくて……とても寂しいなって思ってて」

「そうなのか」

「うん。でもね、寂しいのは練習に参加できないことじゃなかった」

「えっ?」



 暁星が何を言いたいのか分からない。

 ただ、俺は彼女が纏う雰囲気を最近見たような気がする。

 勇気が必要で……言うのが怖くて……でも言うべきだと決心する、そんな心境。



「あたしは……やっぱり前から……ううん、ずっと前からタクヤのことが——」

「ちょちょちょ、暁星?」



 俺は避けるように暁星の声を遮った。



「……あたしはタクヤのことが——」



 ガラっ。

 音楽室の入り口のドアが開く。

 姿を見せたのは、朝宮さんだった。


 彼女は、はぁ、はぁ、と息を荒げていて肩を上下に揺らしている。

 とても急いで戻って来たようだ。



「あ、朝宮サン……」

「ど、どうしたの? 忘れ物?」



 俺と暁星は同時に声をかける。

 朝宮さんは俺たちを見ると、胸に手を当てふう、と息をついた。



「なぜか……胸騒ぎがして……ごめんなさい、話の邪魔をしてしまいました……ほんとうにごめんなさい……失礼します」



 そう言うと頭を下げ、俺たちを残して、まるで逃げるように帰ってしまった。

 暁星はしばらく彼女が去った方をぼーっとした様子で見つめていた。


 我に戻ったようで、暁星は息をつく。



「はあ……ごめん、タクヤ。やっぱいい。でも……もう少ししたら、ちゃんと言うね」

「う、うん……?」

「じゃあ、帰ろ? 少し急げば朝宮サンに追いつくかも知れない」

「そうだね」




 ——色々と出来事があったその日。

 俺はなかなか寝付けずにいた。

 暁星が何を言いかけていたのか……。


 この時期になって、暁星の思いを俺はよく分かっていなかったのだった……。

 



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クールなお嬢様が天然で、めっちゃ懐いてくることを、なぜか俺だけが知っている。~テレビでサックス吹いてたよねって、何の事だか分かりません!~ 手嶋ゆっきー💐【書籍化】 @hiroastime

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