第4話 お嬢様と文化祭と想いを伝える意味(2)

「いや、何でもないよ。それより、朝宮さんの方こそ何かあったの?」

「……いえ」



 朝宮さんは俺に近づき、胸に飛び込んできそうだったが、途中で立ち止まる。

 遠慮しているのか、それとも……?

 そういえば、朝宮さんも先輩から告白されたはずだ。


 何かあったのか?



「竹居君。私、つきあった経験もなくて、好きという気持ちはなんとなく分かる程度でした。だから、今まで私に向けられた気持ちを想像できなくて、酷い断り方をしてきたのかもしれません」

「今まで……あぁ」



 入学した当初の様子を思い出せば、確かにそうかもしれない。

 でも、断るのなら……案外冷たく突き放した方が良いのかも。 



「私が何をしてきたのか、ようやく分かったような気がしました。だから、今日、私はある方に思いを告げられて……できるだけ丁寧にお断りしました」

「そっか」



 あぁ。

 断ったんだ。

 改めて聞くと安心する。



「私は『もし、好意を抱いている方に拒絶されたら?』と想像したら怖くて悲しくて仕方なくなりました……。まるで、全人格が否定されたような気分になりました」

「人格を否定まではないけど、分かる気がする」

「先ほどの方もやっぱり大きく気を落とされていました。私はどうすれば良かったのでしょうか?」



 全員に良い顔なんてできない。

 どうしようもないんじゃないのか。

 経験を積めば、他にも良い方法が分かったりするのだろうか?



「朝宮さんが誠実に真摯に答えているのなら、それがきっと一番いいと思う」



 一番良いと思う選択をすること。

 それが大事なのだと俺は思う。



「はい……一番良い選択ですね」

「うん」



 朝宮さんは、半分だけ納得したような感じだ。

 そりゃ俺だって……ちゃんとできているのか分からない。



「竹居君」

「は、はい?」



 朝宮さんは真剣な眼差しで俺を見つめてきた。



「私、もっともっと……もっと考えてみたいと思います。好きとか、付き合うってこと……将来のこともありますけど、今の私がどうしたいのか」

「う、うん。えっと、じゃあ……練習はどうする?」

「はい、いつも通りできれば」

「わかった」



 やっぱり、俺との関係も無しにします……って言われる可能性もあるのか?

 想像すると背筋が凍るように感じる。




 俺たちは旧校舎の音楽室に移動する。



「じゃあ、いつも通りに……」



 楽器を組み立て、準備を始めて、いつも通り練習を始めた。

 しかし、どうも朝宮さんの演奏は精彩に欠く。


 管楽器は自らの息を音に変える。

 呼吸や口の状態に大きく影響を受ける。

 精神面での影響は他の楽器より出やすいと思う。



「今日は……ダメですね」

「考え事してちゃ集中できないよ」

「はい。ごめんなさい」



 何度か試すが、状況は変わらず途中で切り上げた。



「ごめんなさい。私、ふらふらしちゃって……」

「ううん。そういうこともあるよ。俺だってある」

「竹居君も? 全然わからない」



 朝宮さんは口を開け心底驚いたような表情をしている。



「今日もそうなんだけど、まあ経験で誤魔化しているというか」

「竹居君だけズルいです」

「良く聞けばたぶん朝宮さんにも分かるはずだよ」



 そんなことを話しながら片付けをして、帰る準備ができたとき、朝宮さんが、意を決したように言った。



「竹居君、お話があります」



 俺が座っている椅子の前に、向かい合わせで椅子を置き、それに腰掛ける朝宮さん。



「色々なことがあって、聞きそびれていましたけど——」



 俺が朝宮さんのお母さんに会ったことを知っていた。

 関係者から連絡があったようだ。

 俺とお母さんがなんの話をしたのか、内容までは聞いていないようだったので、簡単に説明する。



「母がそんなことを……」

「うん。朝宮さんの話していた印象と全然違って驚いたよ」

「え……?」



 朝宮さんが驚きの声を上げる。



「はしゃいでたし、よく喋る人だった」

「は、はしゃ……はしゃぐ? 喋る?」

「うん。いつもは違うの?」

「母はいつも無口で……殆ど会話した記憶がありません」



 朝宮さんの目つきがきつくなって、俺を見つめてくる。

 微妙に頬が膨らみ、怒っているようにも見える。



「そ、そうなの?」

「はい。子供の頃は、父が生きていた頃はよく話したと思うのですが……うぅ、竹居君にだけそうやって話を……?」



 朝宮さんは膝の上で握った手をわなわなとさせている。



「分かりました。でも……母の思惑に乗るのも楽しくないので、私は……前言ったことを撤回します」

「撤回っ?」

「はい。文化祭が終わったら、その結果にかかわらず、竹居君に私の気持ちを伝えたいと思います。でも練習は手を抜きません。最高の気持ちで伝えるためにも、頑張ります」



 結果にかかわらずということなら、文化祭まで待たなくても……と思うのだけど。

 でもきっと、それではダメなのだろう。



「そ、そっか……分かった」

「将来のこと……文化祭の後、母と話したいと思います。その時、負けないように力を貸してください。そして……何らかの答えを掴んで改めて、竹居君に向き合いたいです。それが私の、次の誓いです」

「わかった。協力する」



 朝宮さんが興奮して俺の膝と彼女の膝がぶつかっているが気にしていないようだ。

 彼女はそのまま、弾ける笑顔で応えた。



「よかった……はい、お願いします。頼りにしています」

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