第13話 お嬢様と幼馴染みと事実の告白



「本番には悔いが残ったので……黙っていた事だけ——本当に伝えたいことはまた次の機会にしたいと思うの……です!」



 朝宮さんはそう前置きして話し始めた。



「あのですね——私は、中学生の頃竹居君に会ったことがあって——」



 一年前、俺がコンサートで演奏した日のこと。

 俺は、朝宮さんの話を聞いて、次第にその時の状況を思い出していった。





 本番のあと、あまり練習時間を確保できなかった俺は、一人で会場のすぐそばに川べりでサックスを吹いていた。


 その様子に気付いた観客が何人かいて、俺の近くでその様子を聞いていた。

 俺は特に気にせず、そのまま練習を続ける。


 そこで、ある騒ぎが起きる。


 そこは、川に近づくほど低く階段状になっており、俺はその一番低いところで吹いていた。

 観客たちは、少し離れた上の方からみていたわけだが……。



「なんだあ? 誰かいるのか?」



 声が聞こえたと思うと、何人かの男が聞いていた人たちをかき分け、前に出て来ようとする。

 その時、一人の少女が押され、バランスを崩し、俺の方に倒れ込んできた。



「危ない!」



 倒れこのままで頭を打つと思った俺は、楽器を持ちながらも彼女の首の下に手を回し、そのまま一緒に倒れてしまった。

 彼女に抱きつくように、倒れる二人。


 楽器の方は幸い、彼女が地面に落ちる前に受け止めてくれたのだが……。



「いてて……」



 俺は強く腕を地面に打ちつけてしまい、出血までしていた。

 彼女はすぐ立ち上がり、俺も立ち上がるが腕がぶらーっとして——鈍い痛みが来たかと思うと、それは次第に強くなっていった。



「お嬢様! 大丈夫ですか?」

「私は平気だけど……竹居さんが……」



 俺が助けた少女は、泣きそうな顔をしていた。



「タクヤ……一体何やって……って、腕、どうしたのよ!」



 俺にはそのまま暁星がついていてくれて……すぐやってきた救急車に乗ってその場を去ったのだった。




「その、竹居君に助けて貰ったのが私でなのですぅ」

「そうか、あの時の……!」

「はいぃ」

「俺はてっきり、その人は高校生くらいだろうと思っていたけど——」



 多少、化粧をしていたというのもあるのだろうか?

 俺が助けた人は他の同級生の女の子達より少し大人びて見えて、歳上だろうとオッ持っていた。

 髪型も今と違ってショートだったような……?


 そうか、それで、あの時のことを言い出せないでいたのか。



「私のせいでぇ……怪我をして部活を追われることになったと聞きました」

「うーん、それはどうだろう? 朝宮さんに非があるとは思えないけどな」

「そんな……このことを話したら私のことを嫌いになると思ってて……ごめんなさい」



 朝宮さんは目をウルウルさせて言った。

 お酒飲むと機嫌良くなったり泣き上戸になったりするのかな、朝宮さんは。



「でもさ、それ聞いてよかったよ」



 寄り添っていたのに、少し体を離した朝宮さんの肩に、俺は手を回し引き寄せた。

 そして、大丈夫だよと頭を撫でる。



「どうしてですかぁ?」

「そりゃ決まってるよ。朝宮さんに怪我がなくて、本当に良かった——」

「えっ……?」



 泣かせまいとしたのに、朝宮さんはぶわっと涙を流してしまった。

 う……いったい何と言うのが正解だったのだろう?



「わっ! い、いや、その……ごめん、泣かせるつもりはなかったけど」

「ど……どうして……そんなに優しいんですかぁ! ——うっ、うっ……」



 彼女は俺の腕にしがみついて泣き始めてしまった。

 俺は少しは学習したつもりで……こういうときは、ただ黙って落ち着くまで待った方がいいと感じていた。


 とはいえ、朝宮さんは割とすぐに立ち直った。



「でもよかった。嫌われなくて。えへへ」



 今度はすぐに笑顔になって——かわいい。



「前も言ったでしょ? 何があっても、朝宮さんを嫌いになることなんてないって。むしろ感謝したいと思っている。今日の本番だって……朝宮さんに会って音楽の楽しさを思い出して、朝宮さんを見て努力することの尊さを感じて」

「ああ……竹居……さん」



 朝宮さんは、顔を近づけてきた。

 俺の心臓が飛び跳ねる。



「は、はい?」

「私の願いが……これで……」

「願い?」

「はい。私は、竹居君のこと——」



 朝宮さんの顔が、唇が俺の目前に迫った。

 彼女は目を閉じて……。

 えっ?

 これって……?



「俺のこと」

「…………やっぱり……私はズルいみたいです」



 朝宮さんは、額を俺の額にコツンと当てた。

 それはほぼ自分と同じ体温で、しっとりとした感触だった。

 ふわっと朝宮さんの匂いを感じる。


 そういえば、いつのまにか朝宮さんの口調が戻っている。


 朝宮さんは、俺の首元に手を回し、抱きついてきて彼女の頬を俺の頬にくっつけた。



「竹居君、私は前も言ったけど、結婚とかそういう相手を選ぶことができません。だけど、こんな家の生まれでなかったら、私にもチャンスはあったのでしょうかと考えることがあります」

「将来のこと?」

「はい。だから……私は……我慢を……しないと……」



 急に朝宮さんの声がささやくような小さな音量ボリュームになった。



「だけど、もし、今日の本番がうまくいったら、ちょっとは自分へのご褒美として我が儘を言おうかと思っていました。拒絶されたとしても……私は構わないつもりでした。でも、それは結局……失敗してしまって」

「そうかな? 今日の演奏は上出来だと思うのだけど」

「いいえ……私が納得できてないのです」



 案外、朝宮さんは頑固なところがあるのかも知れない。

 そうでなければ、律儀というか。

 あるいは——?


 自分の行動を縛るようなルールを作って、それに従おうとしている。



 ——俺は、腹をくくった。

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