第12話 お嬢様と幼馴染みと打ち上げ


 俺たちは、再び逃げるように音楽室に移動した。



「ねぇ、タクヤ。急に前に出て、あれは何だったの?」

「ああ、あれは——」



 俺はレーザーポインターの目つぶし攻撃のことを説明した。



「そんなことが?」

「うん。二人とも大丈夫?」

「私は平気だった。朝宮サンは?」

「はい……大丈夫です。ただ、私はそのことに関係なく間違えて落ちてしまいました。練習不足でしたね」



 彼女は俯かずに、俺たちの目を見て話している。

 とても悔しそうだ。

 その悔しさに泣きそうなのだろう。

 しかし、朝宮さんは必死にこらえていた。



「いや、初めての本番だったわけだし、いろいろあるよ。何より、よく復帰できた。終盤のソロもよかった」

「うん、私もそう思う。アンコールの拍手もあったし、ほんと頑張ったんだと思う」



 そう言って、暁星は朝宮さんをぎゅっと抱き締め、頭を撫でた。

 おお……。なんか二人がそうしてるだけで見ているこっちがドキドキしてくる。



「はい……。ありがとうございます。でも、私は納得できてなくて……。またチャンスがあればいいのですが」



 朝宮さんがそこまで話したタイミングで、音楽室の入り口がばーんと開く。

 なんか暁星が登場したときと同じだな……。



「よく言いましたね、朝宮さん。文化祭が秋にあります。そこで雪辱を——」



 現れたのは暮羽先生だ。



「え? これで終わりじゃないの?」

「終わりにしちゃうと、朝宮さんが消化不足なまま過ごすことになるでしょう? トラブルもあったみたいだし、秋にリベンジで」

「竹居君、やりましょう!」

「うん。タクヤ、ここでやらない手はないわね……」

「竹居君。みんなそう言ってることだし、これは決まりね」

「えぇ——」



 俺は肩を落とす。

 だけど、こうやって演奏するのも悪くないとも思い始めていた。



「……分かったよ」



 俺がそう言うと、他の三人はやったあと口々に喜ぶ。

 さすがにこれは仕組まれてはないと思うけど……思いたいけど、俺も乗せられやすい性格かもしれない。

 それにこのまま目標もなくやるのは張り合いがない。

 俺も少しは、前向きに考えられるようになったのかもしれない。


 ふと朝宮さんの方を見ると、目が合った。

 朝宮さんは、期待を含み熱を持った瞳で、少し口角を上げてお願いしますというように頭を下げた。



「じゃあ、今日だけど、このあと暮羽先生の家で打ち上げしたいと思ってて。タクヤと朝宮サンは来れそう?」

「はい!」

「そんなこと考えていたのか。うん、俺もいいよ」

「じゃあ、決まりね」

「わかった」



 そして、みんなで帰る準備を始める。

 一通り準備が終わる頃、朝宮さんが近づいてきた。



「竹居君、打ち上げのあと、二人で話をしたいのですが」

「あ、う……うん」



 きっと多分『誓い』のことだろう。

 とはいえ、彼女は結果に満足していないようだし、どこまで話をしてくれるのか分からない。

 それを思うと演奏前より緊張してしまうな。





「じゃあ、今日の演奏成功を祝して——乾杯!」



 俺たちは、暮羽先生の住むマンションに移動し打ち上げを始めた。

 ジュースの入った器を持ち上げ乾杯の音頭をとる。


 俺はジュースにしたが、暁星や朝宮さんはノンアルコールのカクテルにしやがった。

 先生は普通にビールだ。


 むむ。

 よく考えると、男は俺だけだな。

 なんだか肩身が狭い。


 しばらくみんなで、用意された食事を食べつつ歓談する。

 次は何の曲をしようか、やはりマイ・ラブか? などと話が盛り上がった。


 一通り話した後、女性特有の盛り上がりについて行けなくなった俺が一人でいると……。



「ねえ、何一人で飲んでるのよぉ。竹居君?」

「う……暮羽先生。もう酔っ払ったのですか?」

「まだ酔ってなんか……無いわよ」

「本当ですか?」



 いや、これはどうみても酔ってるな。



「いやぁ。他の先生からも褒められたし、さすが竹居君よねぇ」



 暮羽先生は、俺の肩に肘を置き、くねくねしながら俺によりかかってくる。

 いろいろと密着度がやばい。

 大人の魅力ってやつだ。


 しかし、ふと気付くと、朝宮さんと暁星の視線が突き刺さるように痛かった……。



「もう。出来上がるの早すぎですってぇ!」



 暁星が俺と先生の間に割り込み……。



「ほんとです。けしからん——です」



 朝宮さんも混ざってきた。

 ん? 二人とも様子が変だぞ?



「それにしても何者かしらね? レーザーポインターらっけ?」

「先生、もうろれつ回ってませんね」

「何言ってるの! 私はねえ、準備を——どれだけ頑張ったか——」



 暮羽先生は泣くような……フリをした。

 あ。これはもうダメっぽい。



「先生、ちょっと別の部屋で休んだ方が良くないですか?」

「そ、そうかしらね……じゃあ竹居君連れてって……」

「へいへい」



 俺は、暮羽先生を連れて行くために肩を組もうとしたが——。



「タクヤ、ダメ! 朝宮さん、一緒に先生を運ぼう」

「そうですね。は、はいぃ」

「俺は?」

「そこに座ってて!」



 大丈夫か? と思いつつも、二人はフラフラしながら先生を連れて行った。

 念のため俺は暁星と朝宮さんの飲んでいた物を見る。



「こ、これ……やっぱりノンアルのカクテルだよな……?」



 とはいえ、姉さんもノンアルのはずなのに酔った気になるとか言っていたっけ。

 プラシーボ効果とかいうやつ。

 味もそれっぽいから、脳が騙されるという。




「竹居君、戻りましたぁ!」



 しばらく経ってから、朝宮さんだけが妙なテンションで帰ってきた。



「あれ? 暁星は?」

「暁星さんは暮羽先生と一緒に寝ちゃいました」



 ほんのりと頬を赤くした朝宮さんが横に揺れながら言う。

 そういう姿も可愛いな。

 ただ、制服姿で酔っているように見えるというのは、なんというか背徳感が……。



「朝宮さん、酔ってるよね?」

「ノンアルコールなのに酔うわけ無いじゃないですかぁ」



 朝宮さんはしれっと俺の隣に座って言った。

 そして急に黙り込むと、ぴったりくっついてきた。

 前旅行でバスに乗ったときのように。



「竹居君、温かいです」

「俺は朝宮さんの方が温かく感じるけどね」



 バスに乗っていたときより、密着度が高い。

 いつもより、朝宮さんが大胆というか……最近やや素っ気なかった反動なのかもしれない。

 どちらかというと、ちょっと俺に甘えてる感じだ。



「竹居君。あの、お話しがありますぅ」

「は、はいッ!」



 唐突に、少しおかしなテンションで朝宮さんは話し始めたのだった——。 

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