第2話 お嬢様と文化祭と対決

 車の中には見覚えのある顔の女性がいた。



「夕凪さん……やっぱり」

「こんばんは、竹居様。お久しぶりです。それと、申し訳ありません……このようなことは不要だと訴えたのですが」

「いやいや、お嬢様に近づいているという男がどんなものかと思っていたのでな」



 夕凪さんが運転手で俺は後部座席、その隣に俺を担いでいた大男が座る。

 皆スーツを着ている。



「は、はあ」

「私は逢魔という。よろしくな。君は鍛えてはおらんようだが、普通の高校生よりは体格がいい。一度、ちゃんと鍛えてみないか?」

「い、いえ……遠慮しておきます」



 うーん、こんな大きな人に鍛えるとか言われてビビらないわけがない。



「竹居様、それが正解ね。さて、これからちょっと私たちに付き合って、ある人に会って欲しいの」

「ある人?」

「お嬢様の御母堂様ですね」



 えっ。



「朝宮さんのお母さん? どうして?」

「私どもも説明を受けておらず……ただ、ご指示通りに動いているだけなのです」

「そうですか……じゃあ、姉に遅くなると連絡をさせてください」

「あ、その件は大丈夫、既に話がついています」

「え?」

「竹居様がご帰宅される時間を教えていただいたのは、竹居様のご令姉様になります。高級焼肉のお食事券を差し上げたら、実に丁寧に——」



 姉さん、俺を売りやがったな……。


 まあ、それはさておき。

 なんだか大げさなことになったような。

 いったいどんな話になるのだろう?




「では、こちらへ」



 俺は夕凪さんに案内され、地元の一番大きなホテルの最上階に案内された。

 スイートルーム……こんな部屋に入るのは初めてだ。

 一泊いくらなのだろう、などと場違いな思いをしてしまう。



「お連れしました」



 夕凪さんがそう言って、ドアを開けてくれる。

 そういえば……朝宮さんは今どこにいるのだろう?

 一緒にいてくれると心強いのだけど。


 朝宮さんのお母さん。

 朝宮さんは、怖い人だと言っていたような……?



「し、失礼します……」



 俺は、深呼吸してから部屋に入った。




「あらあらあらあら! きゃーっ! やっとお目にかかれましたね! あなたが——わざわざ遠いところを、ありがとうございます!!」



 俺が部屋に入ると、ぱっと顔を明るくし俺に話しかけてくる女性がいた。

 この人、学習発表会で夕凪さんの隣で俺たちの演奏を見ていた人だ!


 朝宮さんの面影をすこし感じる。

 えっと……怖い人?



「は、はい……竹居卓也と申します」

「あらあら、ごめんなさいね。すっかり舞い上がっちゃって。私は朝宮日万凛ひまりと申します。よろしくね」



 部屋にいたお手伝いさんっぽい女性が、朝宮さんのお母さん——日万凛さんのはしゃぐ様子を見て目を丸くしている。

 この人のこういう姿は珍しいのだろうか?



「さあ、座って座って。お話ししましょう!」

「は、はあ」



 その明るさに、緊張はどこかに消え失せていた。

 いや、これはきっと俺を油断させる作戦かもしれない……と思い意識を集中する。



「このお紅茶、好きなんですよ」

「たしかに、良い香りがします」

「そうでしょそうでしょ? 嬉しい」



 日万凛さんに注いでいただいた紅茶を頂く。

 Benoistとかいう聞いたことのないブランドだ。

 高いのか分からないけど……多分高いのだろうな。



「いつも万莉がお世話になっていると聞いていますが、あの子をどう思います?」



 いきなり確信ですかね。

 俺は気を抜かず答えた。正直に。



「とても穏やかな方だと思いましたが、最近では少し違う印象があります」

「ふむふむ」



 日万凛さんは、急に真剣な目をして俺を見つめてきた。



「とても物事に一生懸命で、頑張る人だなと。ただ、時々危なっかしいというか。そういうところがあると感じました」

「なあるほど。よく見ているのですね」



 口調が変わった?



「そうですね。最近ご一緒することも増えていますので」

「そうですか? それだけではないような気がしますが」



 どきっ。

 この人は、どこまで知っているのだろう?



「……朝宮万莉さんには恩があります。俺は、その恩に報いるために決めました。彼女が自由に生き、決められた未来とか政略的な結婚とかなしに生られるように、その手伝いをしたいと思っています」

「あらあら? それは私に対する挑戦って事かしら?」



 しまった。やんわりと意思を伝えようという俺の浅はかな考えは、あっさり見抜かれた。

 言うべきでは無かったか……?



「い、いえ……そんな……決してそんなことは」

「ふふっ。ごめんなさいね。あなたが、あんまり一生懸命だから、ちょっと妬けちゃったかも」

「や、妬け……?」

「私だって思いは同じ」


 うん?

 朝宮さんのお母さんは、もしかして最初から……?


「でもね、それとこれとは別の話。ねえ、竹居君、好きなものってこそ、価値があるものだと思わない?」



 勝ち取って。つまり、何か勝負をしようということ、かな?

 でも、好きなもの……?

 


「だからね、一つ……提案があるの。あのね、文化祭のバンド演奏に出ることは聞いているんだけど、その人気投票で——それなりの成績を残すってのはどう?」

「えっ? 人気投票で……?」

「あなたがいればできると思うのだけど」



 本当にそうだろうか?

 十組以上のバンドが参加すると聞いている。

 そのなかで、人気投票でそれなりの結果……つまり最低でも三位以上と言うことなのだろう。



「お、俺一人の力でどうこうなるとは思いませんし……えっと……」

「自信が無い? これくらいできなくて、自由を勝ち取るなんて甘いとは思わない?」



 最初合った頃のふわっとした感じは完全に消えた。

 たぶん、この人は俺を試しているのだ。

 だとしたら、こう答えるしかないだろう。



「分かりました。やってみましょう」

「うん。それでこそ……。いえ、是非頑張って下さい。本番は私も見に行きます。万莉と相談して、良いものを聴かせて下さい。もし、勝負に勝ったら……竹居くん、万莉を好きにしていいわ」

「好きに、って……いや、そういう——」

「もちろん、万莉を傷付けるようなことがあれば、私はあなたを全力で排除します。しかし、そうでない限り、見守ろうと思っています」


 見守る……。それはきっと、ある程度の自由を与えると言うことなのだろう。

 しかし、排除という時の言葉の圧は恐ろしい。

 これくらいの人でなければ、務まらない場所にこの人はいるのだろう。


「もし、できなければ……?」

「そうですね、万莉を東京の女子校にでも転校させようかしら。その後は、女子大にでも通わせて……もちろん、あなたはほぼ、会うことができなくなる」

「……!!」

「しっかり、頑張ってね」

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