第15話 お嬢様と俺とキス


「す——」



 「好きだから」と続けようとした瞬間。

 目の前の朝宮さんの顔が俺にすごい勢いで近づいてきた。

 そして……俺の唇を塞いだのだ——彼女の唇で。


 咄嗟に後ろに下がろうとしたが、彼女の勢いは俺の勢いを軽々と超える。



「…………!!!!!!!!」



 何が起きているのか、俺は分からなかった。

 俺の見ている視界には、目をつぶった朝宮さんの顔がある。

 唇には、柔らかく温かいものが押しつけられている。

 その事実は、一つしかないのに……頭で理解するのに数秒かかった。


 なすがままにされて……。

 かすかに朝宮さんの唇が動き、より密着する。


 時が止まったような錯覚。

 俺の心臓は破裂しそうなほど高鳴った。


 そして、顔が離れ——。

 朝宮さんは耳の先まで真っ赤にして、俺から視線を逸らして言う。



「ご、ごめんなさい……。あの……それは……。竹居君が言いかけたことは……さっきの誓いを果たしてからじゃ……だめですか……?」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」



 俺の困惑の声が……しばらく部屋に響いたのだった——。




 どうやら、彼女の誓いという言葉はそれだけ重いものらしい。

 いやだからって、口を塞ぐには手のひらとか指とか他にもあったろうに。

 間接キスじゃないんだからさぁ……。

 管楽器やってて感覚が麻痺した——わけでもないだろうし。


 やっぱ朝宮さん、酔ってるんじゃないですかね。

 とはいえ、彼女からはアルコールのような匂いはしなかったし、ほんのりと甘さを感じただけだった。



 俺と朝宮さんはずっとソファに腰掛けて話をしている。

 今は、まっすぐ座る俺に彼女が左側に寄りそうように座っている。

 ——俺に甘えるように。



「今すぐ、お受けできないと思いましたし……その、勿体ないって思ってしまいましたし……その……その……どうしようって思ったら体が勝手に……。それに、それに、竹居君以外に、こんなこと……しませんし、誤解なさらないで頂けたら……」



 朝宮さんのいいわけタイムがしばらく続く。

 そりゃそうだ。

 あれだけのことをのだ。

 彼女の中でも折り合いを付けるのが大変なのだろう。


 だけど、その途中も俺はほとんど上の空で。

 彼女の香りや柔らかさや温かさや……舌に感じた感覚を思いだし浸っていたのだった——。



 しばらく経ったのに、未だに朝宮さんは俺にくっついていた。

 もう全部話し尽くしてしまったみたいで無言になっている。

 未だに恥ずかしさに苛まれているようで……顔を見られまいと、俺の腕に顔をうずめじっとしている。

 彼女の体温が心地よかった。



 俺は、手持ち無沙汰になって、彼女の髪を撫でた。

 今度は彼女が、なすがままになっている。



「その、竹居君。今さらですけど、嫌じゃありませんでしたか? もしそうなら、私は……」

「朝宮さん、俺が言おうとしたこと分かってたなら、それは言わなくても分かるよね?」

「は……はい……じゃあ」



 さっきより彼女は真っ赤になっていて、その一方で口元が緩むのを隠すように手で押さえている。

 とても嬉しくて、気持ちを持て余しているように見えた。


 朝宮さんのそんな姿を見れば見るほど俺は逆に冷静になっていき、とことんかわいいと思ってしまう。


 これは……何があっても、必ず俺の誓いを果たさなければいけないな。

 改めて俺は、心の中でそう、決意をしたのだった——。


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