第5話 水曜日とお嬢様と重箱の角


「えっと、どうやって食べよう?」



 もしかして「あーんイベント」? と期待したものの。



「はい、用意してあります」



 朝宮さんは、高級そうな箸を一膳俺に渡してきた。

 もちろん朝宮さんの箸とは別だ。

 まあ、そうだよね。



 それにしても、弁当を用意したお手伝いの夕凪さんだっけ? 箸を二膳用意するなんて……準備いいな。

 どういうわけか、取り皿も二つ用意されている。



「「いただきます」」



 二人で手を合わせる。



「あの、まだ口を付けていませんし、私が竹居君のものをお取りします。食べられないものはありますか?」

「うーん、苦手なのはキウイと納豆かな」

「えっ? ふふっ。どちらもありませんよ」



 朝宮さんが花の咲くような笑顔を見せた。

 俺、そんなに変なこと言ったか?

 疑問をよそにテキパキと選んで取り皿に運ぶ朝宮さん。



「へえ、美味しそう」

「はい。夕凪さんはとても料理が上手です」



 ほんの少し、朝宮さんの表情が曇る。



「車も運転できるし料理も上手とは。万能お手伝いさんっていいね」

「はい。でも、もうすぐ私は一人暮らしを始めることになっていて——」



 聞くと、朝宮さんは遠方からこの街に引っ越してきたのだという。

 最初の一ヶ月だけという条件で、夕凪さんというお手伝いさんが一緒に生活してくれるらしい。



「どうして鳥取で一人暮らしなの? 元住んでいた場所は?」

「そうですね……ある人にお目にかかるために、こちらに参りました。元々は東京なんですよ」



 ある人、か。一体誰だろう?

 しかも元々東京住みだなんて。



「ちょっと遠いね。一人暮らし始めるの大変そう」

「竹宮君もそう思いますよね!?」



 急に朝宮さんの言葉に熱がこもった。



「うん。自炊出来るの?」

「それが……ぜんぜん……。夕凪さんに教わろうと思ったのですが、忙しそうで時間もあまりなくて」

「まあ少しづつでもやっていけばなんとかなるよ」

「そうなのでしょうか? あの、ちなみに竹居君は料理をされますか?」

「少しなら……姉と二人暮らしだから交代で作ったりするし」



 俺の両親はもともとこっちに住んでいたのだけど、今は東京で暮らしている。

 こっちでは俺は五歳上の姉と二人暮らしだ。



「そ、そうなのですかっ!? これはいいことを伺いました」

「いいこと?」

「い、いえ。何でもありません……竹居君。これ、お取りしました」

「ありがとう」



 俺たちは、なんだか急に仲良くなった友達のように、話をしながらお弁当を食べたのだった。

 他愛のない会話をしつつ、一緒に食事をとる。



「そういえば、竹居君。先ほど教室で昼河君と、他のクラスの女性と話されていませんでしたか?」

「ああ、早希ちゃんね」

「早希ちゃ……随分親しいのですね……とても仲よさそうで羨ましいって思ってしまいました」



 あれ?

 僅かに朝宮さんの頬が膨らんでいる。



「羨ましい? 仲がいいって言うか、早希ちゃんは昼河のカノジョだし誰にでもあんな感じだよ? そこまで多く話したことはないなぁ」

「そうなのですか?」



 疑問形で聞きながらも、朝宮さんの顔がぱっと明るくなる。



「うん。俺はこの学校で一番たくさん話してるのは朝宮さんとじゃないかな?」

「い、いちばん? ほんとですか?」

「うん。本当だよ」

「嬉しいです……」



 朝宮さんの口元が緩んでいる。

 逆に、彼女自身もあまり他の人と話してないような。

 クールという雰囲気に近寄りがたいと思っている生徒は多い。



「朝宮さんは?」

「私はあまり……あの、私も竹居君のお友達の、昼河君と早希さんとお友達になりたい……です」

「だったら、すぐなれると思う。気のいい奴らだし。それに、ほんとにあの二人ってラブラブでさ」

「そうなのですね。私は恋愛のことは疎くて」

「……彼氏はいないの?」



 誰かが朝宮さんに告白していたらしいけど……もう付き合ってたりするなら。

 あまりこうやって二人きりになるのも良くないよな。



「いません。今までずっと……よく分からなくてお断りしているんです。それに……私には……もう」

「私には?」



 一瞬、すごく深い影が朝宮さんの瞳に見えたような気がした。



「いえ、何でもありません。竹居君はいかがでしょう?」

「俺? いないよ。いたこともない……」



 中学の頃の吹奏楽部ではそれなりに親しくしていた幼なじみがいた。

 だけど色々あって、以前の交友関係は全て切り捨てた。


 あれ? 朝宮さんの顔が微妙に嬉しそうなんですけど。



「あっ、ゴメンなさい。こんなこと聞いて……」

「いや、お互い様だし。気にしないで大丈夫」



 恋愛の話しのあとは、他愛のない話を続けた。

 不思議と楽しい。



 キンコンカンコン……。

 昼休憩の終わりを告げるチャイムが鳴る。



「お弁当ごちそうさま。じゃあ、教室に戻ろうか」

「そうですね。一緒にお食事をして、竹居君とお話して、大変楽しく過ごせました」

「俺もだよ」



 急いで片付け、嬉しそうな朝宮さんと一緒に俺たちは教室に向かった。


 二人で揃って教室に戻ると、ざわっとクラスメート達がどよめいた。

 さすがに少し目立ってしまうな。

 朝宮さんのカリスマ性ってすごい。



「あの二人一緒に帰ってきて、まるで付き合ってるみたいだな」

「まさか……たまたまでしょ。そんなことはあり得ない」

「そうかな? 少し前に一緒に歩いているのを見たぞ」



 ダンッ。


 机を叩く音に、俺を含めたみんなが振り返る。

 夜叉が顔を真っ赤にして立ち上がり、机に手をついていた。



 あいつ……まさか朝宮さんに何かするつもりか?



 ざわつく教室の中、もう一度夜叉やしゃが机を叩いた。

 今度は、事もあろうに朝宮さんの机だ。



「朝宮さん、なんでアイツと仲良くしてんの?」

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