第4話 水曜日とお嬢様と友達



 朝宮さんと一緒に放課後を過ごした翌日。

 クラスで唯一と言っていい友である昼河一之ひるかわかずゆきが話しかけてきた。



「竹居、妙にニコニコしているけど良いことでもあったのか?」

「うーん。まあ……秘密だ」

「ほう。もしかしてコレか? ついに竹居にも春が来たか?」



 昼河は小指を立てる。

 あのさ、それ下品って言われたりするからやめた方がいいぞ。



「いや、そもそも今は春だ」

「竹居は裏で結構もてるんだけどな」

「裏って何だよ裏って」

「結構噂されてるぞ? 竹居」



 こいつはこんなこと言っているがバスケ部で顔もいい。

 彼女もいる。

 クラスカースト上位陣の一人なワケで、こいつが褒めてきてもお世辞にしか感じない。



「いやマジだって。前、朝宮さんと喋ってただろ? 高嶺の花でも、お前ならいけると思うんだが……どう思う?」

「どう思うって。うーん、住む世界が違うし。俺は見ているだけでいいわ」



 朝宮さんとの関係は秘密だ。

 内緒で音楽室を使わせて貰っているのもあるけど、朝宮さんが二人の秘密だと言ってくれた訳だし。

 二人だけの秘密って、少し特別な感じがする。



 すると、夜叉の声が耳に飛び込む。



「ケッ、陰キャ雑魚が。いい気になりやがって。朝宮さんと話そうなんぞ百年早いわ」



 朝宮さんとの昨日の出来事を思えば、特に腹も立たない。

 勝手に言っておけと思う。

 だから俺はいつものように無視するのだが……。



 ガタッ。



「……もう一度言ってみろ」



 昼河が立ち上がろうとしたので、慌てて制する。



「俺はいいから。ありがとな」



 俺のために怒ってくれるのは嬉しいけど、あんな奴のために気持ちを波立たせるのは申し訳ない。



「竹居がそう言うならいいけど。うーん、やっぱり何かいいことがあったろ?」

「さっきから言っているけど別に……」

「言いたくないか。朝宮さんと何かあったと予想してるんだけど」



 う、なんだこいつは。

 勘が鋭いのか、俺が隠しきれてないのか?



「まあ、それはともかく朝宮さんは学校中でモテる。この前二年の先輩が告ったって聞いたぞ。大人気だ」

「マジかよ」

「ああ。あれだけ器量も良くて、美人でモテないはずないだろ。早希彼女の情報だけど」

「そうか。確かに彼氏の一人二人いてもおかしくないもんなぁ」



 まあ、そうなるか。

 冷たいところじゃなく……俺だけが知っている朝宮さんの一面——天然なところとか、一生懸命なところとか、優しい笑顔とか——を見たら、もっと人気が出るだろう。



「噂をすれば」



 昼河がつぶやくと同時に、教室内の温度が変わった。

 朝宮さんが教室内に入ってきたのだ。

 その凜とした佇まいは、視線を集めるのに十分な迫力がある。



 俺は先ほどの夜叉の言葉が、悪意を含む言葉が朝宮さんの耳に入らなくて良かったと思った。

 俺程度のことで、気分を害して欲しくない。



 朝宮さんは、俺と目が合うとニコッとし、軽く会釈をしてそのまま席に着いた。



「あっ、今朝宮さん、僕を見たよな?」

「いやいやこっち見たと思う」

「じゃあさ、話しかけてみようか」


 俺の近くにいるヤツの話し声が聞こえる。

 うーん、多分俺に向けたとは思うんだけど……?

 いや、これは自惚うぬぼれか。



「あの、朝宮さん、今日お昼一緒に食べない?」



 朝宮さんにある男が話しかけた。


 すごい。特攻だ。

 しかし……。



「いいえ。わたくはあなたと食べたいと思いません」

「う……そ、そうか……ごめん」



 空気が凍るような冷たさで返事をする朝宮さん。

 、どんな返事をしてくれるのだろう?





 お昼休憩がやってきた。

 パンを買いに売店に向かおうと思った時、黄色い声が俺の耳に飛び込む。



「やっほー。竹居君も一緒にお昼食べよ?」

「そうだな。いつもお前昼になると消えるし」



 うっ。眩しい。

 早希ちゃん昼河の彼女が隣のクラスからやってきて、昼河の席でお弁当を広げている。

 俺は、二人が放つ陽キャオーラに熱せられ身体が溶けそうだ。



「お、俺は売店でパンでも買って食べるから」



 いつも一人で食事をする俺に気を遣ってくれてるんだろうけど、二人でゆっくりしたいだろうと思った俺は遠慮することにした。

 逃げるように教室を後にして、売店でパンを買い校舎の屋上に向かう。



 やっぱり……ここだよな。



 屋上には許可が無いと出られないが、階段の上までならいつでも行くことが出来る。

 人気ひとけの少ない屋上に続く階段の上の踊り場。

 俺は段差に腰掛け、窓から見える空を見上げた。



 コツコツコツ……。



 パンを食べようとした時、階段を上がってくる人の足音が聞こえる。

 なんでここに……? ここはあまり人が来ないはずなのに。

 あまり広くないここに人が来ると、気まずいんだよなぁ。



 しょうがない、教室に戻るか。

 立ち上がろうとしたとき、階段を上がってきた生徒が俺に声をかけてきた。



「竹居君、ここにいたのですね?」



 お弁当にしてはやけに大きい包みを手にした朝宮さん。



「あ、ご、ゴメン。すぐここ空けるから」



 慌ててその場を離れようとする俺。

 しかし、彼女は俺を制すると、少しもじもじしながら言った。



「竹居君、あの、もし……もしよかったら一緒にお昼を食べませんか?」

「あ、う……うんいいけど、どうしてここに?」

「ちょっと、その、夜叉君が色々言ってきて教室に居づらくって……。そしたら、竹居君は、いつもここにいるって昼河君が教えてくれたんです」



 やや眉を下げて苦笑いする朝宮さん。

 何かあったのだろうか?



 彼女は有無を言わせない勢いで布製の敷物を俺の横に開き、そこに座ると包みを開いた。



「そのお弁当……でかっ」

「あの、はい。一人じゃ食べきれないと思いまして」



 その包みは三段の重箱で、なかにはぎっしりとご飯とおかずが敷き詰められていた。



「なぜこんなに?」

「あの、昨日竹居君も会った、運転手兼お手伝いの夕凪さんがたくさん作ってしまったのです。もしよかったら、食べるのを手伝ってもらえたら」

「なぜこんな量を。まあ、パンは後で食べればいいし、いいよ」

「よかった……! ありがとうございます」



 突如、俺は朝宮さんと一緒にお弁当を食べることになってしまった。


 さっきの……? の答えが出た。

 ——朝宮さんの方から誘ってくれる……だ。

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