閑話 再会 —— side 朝宮万莉



 誰かの声を聞くと落ち着くという話を良く聞きます。

 誰かの曲を聴くと落ち着くという話も良く聞きます。

 私にとっては、きっと「彼が奏でる音」が——。





朝宮万莉あさみやまり……! ちょっと家が金持ちだからって……冗談じゃないわ! 私は今さら入部なんて認めない! 出てって! そして、二度と来ないで!」


 あれは忘れもしない中学三年の七月。

 私が門を叩いた直後に言われた言葉。


 私はある出来事がきっかけで、サックスという楽器をやってみたいと思いました。

 決して軽い気持ちではなかったはずです。

 だから、それほどまで強く拒絶されるとは思っていませんでした。


 私は黙ってその場を去ることしかできませんでした。



「コンクール前で、新入部員を受け入れる余裕はなかった」



 後から知ったのですが、実は事情もあったようです。

 仕方がないことでした。




 私は、他の人と少し違う家に生まれたようでした。

 それに気付いたのは中学生になってから。


 成長するに従って、いろいろなことが見えてきます。


 いつか……私は、親が決めた相手と結婚するのでしょう。 

 好きでもない相手と。


 好きでもない相手の子供を産んで、朝宮家を維持していく。

 なんとなく、そう思っていました。

 誰かに言われたわけではありませんが、周りの大人の話を聞いていくうちに、なんとなく分かってきたのです。



 つまらない人生。

 恵まれていると考えている人もいるかもしれませんが、私にはどうしても恵まれているようには思えませんでした。

 さらに父を失い、私はふさぎこむ日々を送ることになります。


 そんなある日……。



「お嬢様。音楽を聴きに出かけませんか? 是非一度、生で聞いてみたい演奏家がいるのですが……」



 夕凪さんが、そんなことを言いました。

 彼女は、私に付き添って色々と世話をしてくれている方です。


 夕凪さんはテレビに出ていたサックス奏者に興味があるのだといいます。



「お嬢様と、同い年だそうです」

「えっ……?」



 自分と同じ歳で、有名になった人がいるそうです。

 その人は、どんな人生を歩むのでしょうか?

 きっと、私と違って……自由で楽しい人生を過ごすのでしょう。

 輝きに満ちた人生を。


 興味が湧いた私は、彼が出演するコンサートがあるという、とある地方に出かけました。

 出かけた先で、私は荒んだ心を蘇らせてくれる「音」を聞いたのです。 

 その音は、派手な曲ではないはずなのに、雷のように私の体を貫いていきました。


 美しいサックスの音色。

 感銘を受けたのは私だけではなかったようです。

 会場で何人も涙を流す人たちを見ました。


 ステージでは、数十人の奏者を背景にただ一人前に出て、スポットライトを浴びてサックスを演奏する男の子。


 私は、演奏が終わってからようやく、涙を流していることに気付きました。

 同時に、たいへん癒やされたことにも。

 その「音」は私を照らし、前を向いて歩く力を与えてくれました。



 サックスという楽器に興味を持ったのは、それがきっかけです。

 いつかあの奏者のように、吹奏楽部のみんなとサックスを吹くことができたら。

 そう思い門を叩いたのですが、拒絶されました。


 だからといって、個人的にレッスンを受ける気にもなりません。

 目立てば、また拒絶されると思った私は誰とも一緒にいないようにしました。

 一人で過ごし皆と距離を置くようになりました。


 やがて中学を卒業して——。


 本来は東京近郊の高校に通う予定だったのですが、私は母に我がままを言いました。

 ある地方の高校に通いたい。あの音にまた出会えるかもしれないという、ほんの少しの期待が理由です。 

 気まぐれなのか、何か考えがあったのかはわかりませんが、母が選んだその地方の私立高校に通うことを許可されました。


 そしてまた出会ってしまったのです。

 あの時の「音」に。


 偶然にも、その学校に彼はいたのです。

 彼がサックスを演奏することは気付いていましたし、顔を見て本人であることも分かっていました。

 ただ、なんとなくそうだなと思うだけでした。


 しかし……旧校舎で求めていた音と再会。

 初めて聞いたときと同じように、私の頬に涙が伝いました。


 ——あぁ、この音です! 




 彼と間近に会ったのは、実は二回目です。

 一度目は、彼の「音」と初めて会ったコンサートの後のこと。


 会場の側には川が流れていて、彼はそこで楽器の練習をしているようでした。

 私は少し離れたところから彼の奏でる音を聞いていました。

 周りには、私と同じようなギャラリーが何人かいました。


 しかし、そこで事件が起きてしまいます。

 私のせいで、私が関わってしまったせいで、彼に大けがをさせてしまうという事件が。


 結果、彼はその後に予定されていた、部活動で出場する吹奏楽のコンクールに出られなかったということです。

 そのため、彼の所属する中学は賞を逃したと耳にしました。

 竹居君はその——「戦犯」として責められたのだと噂で聞きました。


 全て、私のせいなのです。

 私が彼を音楽から遠ざけてしまった……。



 だからこそ、彼がサックスを辞めようとしていることに気付いた時、私は決心しました。

 彼の音を失うのは、大きな損失です。

 だから原因を作った私が、なんとかしなければ……と。


 思い上がりもいいところです。

 なんだかんだ言っても、自分のためだと分かっています。

 でもそれでも彼にはサックスを続けて欲しい。

 そう思ったら、必死になんとかしたいと考えて咄嗟とっさに言ってしまいました。



「私は竹居君の音色、大好きです! あの、サックスは……最初は、初心者はどんな練習をするのでしょうか?」



 竹居君との物語は、ここから始まりました。

 これは彼との大切な、とても尊くて、忘れ難い思い出なのです。



 ——と、ここまで私は自分がしっかりしている方だと思っていましたし、冷静に努めているつもりでしたが……どうやらそれは間違いだったみたいです。


 このあと、恥ずかしい思いしたり、竹居君に甘えることになろうとは……。

 彼と接することで私の世界が、予想できない新しいものにどんどん変わっていくのでした。











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