第11話 ゴールデンウイークとお嬢様とお泊まり(6)


「うわっ。眩しっ!」


 とても長時間眠ってしまっていて、ホテルを出たのは正午前だった。

 外に出るとその明るさに目が眩む。

 朝宮さんも目を細めている。


「そうですね……でもすごく変わったホテルでしたね」

「う、うん」



 変わってるのはまあそうかも。

 ラブホテルだからかな?

 ホテルの人と誰にも会わないまま全てが終わって、不思議な体験だった。


 もし、他の人に会ったのなら……どんな顔をしていいのか分からなかっただろうな。

 あ……。

 顔を合わせない仕組みの意味が俺はなんとなく分かってしまった。



「そういえば宿泊費……」

「いや、いいよ。気にしないで」

「そうですか……? ありがとうございます」

「うん。大丈夫大丈夫。交通費出して貰ってたし」



 さすが姉さん。読み通り、多めに貰って正解だった。

 夏休みはしっかりバイトして返さないといけないな。



「それで、竹居君、ラブホテルって何ですか?」

「はえっ?」

「スマホで調べたら……そういうジャンルのホテルみたいでした」



 調べたんだ。

 ジャンルか……。

 姉さんから聞いた情報と俺の知っていることを合わせて耳打ちした。



「大人の恋人同士が——」



 途端にみるみるうちに赤くなっていく朝宮さん。



「…………私そんなところに竹居君を誘ったのでしょうか……」



 朝宮さんは耳の先まで真っ赤になって、両手で顔を覆っている。



「そうなるね。朝宮さんがまさか、あんなに大胆だとは——」

「もう、竹居君……意地悪言わないで下さい……」



 ちょっとだけ不満げに頬を膨らませて言う朝宮さん。

 もちろん、本気で不満そうなわけではなくて。

 軽口だということを言わなくても分かってくれている。

 俺は冗談っぽくごめんと謝ったら、満足そうに彼女も笑ってくれた。


 朝宮さんとの距離が近づいたような気がする。

 


「さて、これから、どうしましょうか?」

「ちょっと観光して……早めにバスターミナルに行こうか?」

「はい!」



 朝宮さんは心から楽しそうに、笑顔で言った。





 少し早めにバスターミナルに着き、二人で待つ。

 そして今度こそ、念願のバスに乗り込んだ。



 定刻通りバスが出発。

 外はもう暗くなってきている。

 あとは、数時間ほど経てば地元だ。



 今日もたくさん歩いたので、朝宮さんは少し疲れてしまったようだ。

 うとうととしている。


 肩に朝宮さんの温もりを感じる俺も、ちょっとだけ眠たい。

 おっと、忘れてはいけないことがあった。

 来るときそうしたように、今回も上着を朝宮さんに掛ける。



 この二日間、本当に楽しかった。

 楽器を買って、観光して……トラブルがあって。

 泊まったホテルがラブホテルで。

 同じ布団に寝て、一緒に起きて。

 旅行、また朝宮さんと行けたら楽しいだろうな……ってこれは高望みしすぎか。



 彼女と会ってから、毎日が楽しくて仕方が無い。

 住む世界が近ければ好きになっていただろう。

 いずれ告白もしていたのかもしれない。



 昨日寝かけていたとき、朝宮さんは何て言ったのだろう。

 俺のことを……好きって言ったのだろうか。


 中学の頃、周りとの交流を一切断ってから友達などいらないと思ってきた。

 でも今は朝宮さんとの時間をとても大切だと思っている。



 ——失いたくない。



 強くそう思う。

 もしかして、俺は朝宮さんのことがもう好きなのでは?


 そう思った瞬間、とても小さなかすれた声で朝宮さんがつぶやいた。

 眠ったまま、苦しそうな顔をして。



「私は…………竹居君と……つきあえ……ない」



 分かっている。

 朝宮さんの決められた未来のこと。

 しょせん、住む世界が違うということ。


 改めて言われるとショックだけど、思ったより前向きな自分に驚く。

 そして、もう一人の自分が、力強く朝宮さんにささやく。



「朝宮さん、安心して。君が自由に生きられるように……つまらなくない人生を過ごせるように、俺も力を貸すから」



 その先に俺がいてもいいのなら——。



 俺の声に朝宮さんの苦しそうだった顔が、穏やかになった。

 かすかに俺の名を呼んでくれた。

 今は、彼女の顔に苦しみや悲しみの感情は無い。



 俺は、いつの間にかつながれていた朝宮さんの手のひらを、強く、強く握り返したのだった——。




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