閑話 後悔 —— side 暁星恵利


 中三の夏……コンクールの後。

 結果を出せなかったあたしたち吹奏楽部。



「分かった……。もう俺は部活も辞めるし、みんなに関わることはしない。全て俺のせいだと他の人には言っておいて欲しい」



 タクヤは、そう言って吹奏楽部を去って行った。


 市立弓岡中学校吹奏楽部、金賞を逃す。

 県大会突破ならず——。



 いつも、金賞と県大会トップで次の地区大会に出場することが、当たり前だとされていたあたしたちの部活。

 それが数十年ぶりに果たせなかった。


 部員一同、そしてその関係者は大きく落胆した。


 吹奏楽はたった一人が抜けたくらいで、どうこうなるわけではない。

 元々、部の担任が変わりあらゆることがうまくいかなくなっていたのだ。

 そんな状況では、タクヤがいてもいなくても結果は変わらなかっただろう。


 しかし、不甲斐ない結果になってしまった事に対するOBやOGなど関係者による犯人捜しが始まった。

 そして、悪意ある者たちがタクヤに目を付けスケープゴートにしたのだ。


 ネットの掲示板にあることないこと書かれ、それを見た別の者がさらに事態を悪化させていく。

 ついにタクヤの家の住所や電話番号まで載ってしまい、嫌がらせの電話や、中には直接訪問して抗議の言葉を口にする者もいたのだという。



 彼を庇うと、同じ目に遭う。

 あたしたちは目と口を閉じ、ただ嵐が過ぎ去るのを待った。


 その時、せめてあたしだけでもタクヤの味方になっていたら、また違う結果になったのかもしれない。

 あたしは時が経つにつれ、後悔の念に苛まれていった。


 タクヤは吹奏楽のない私立高校に進学した。

 もう、楽器をやめるのだと残念に思った。




 あたしは、第一志望だった吹奏楽部が活発で強い高校に入学した。

 その春のある日のこと……。



「恵利ちゃん、うちのクラスにあなたと同じ中学の子がいるけど?」

「誰ですか?」

「竹居卓也って子だけど……同じ吹奏楽部だったんじゃない?」



 教師をやっている親戚のお姉さんと会った時、そんなことを言われた。

 彼女は、テレビでタクヤを知っていて、彼の演奏をもう一度聴いてみたいと思っていたようだ。


 私は、そのお姉さんに、あるお願いをする。

 もしダメなら、さすがに関わるのはよそう。

 そう思っていた。



 少し期待はしていたけど、概ね願ったとおりの流れになった。



「恵利ちゃんの言うとおり、使っていない音楽室の話をしたら食いついてきたわ。楽器を吹く場所に苦労してるみたい」

「なんかね、ある女生徒と楽器をやってるみたいなんだけど……でもその子、未経験のはずなのよね」



 タクヤのことを時々そのお姉さんから聞いていた。

 未経験の女生徒……一体誰だろう?

 どんな子か見定める必要がある——。


 あたしは、そんな「義務感」を抱いた。

 どうやってその子を見定めるのか——考えていたところ、なんと楽器店で会ってしまう。



 彼女はどこか良いところのお嬢様という感じだ。

 最初は冷たい雰囲気を感じたものの、少し抜けたところや世間知らずなところがあり、不思議な可愛らしさがあった。


 性格も悪くなく、あたしが男だったら惚れそうなくらいの良い子だと感じる。

 色々考えて行動しているけど空回ったり、時に唐突なこともしてそうだけど、基本的には裏表のない素直な様子だった。



 だからこそ。

 あたしは複雑な気持ちになった。



 嫌な女なら、タクヤの近くから排除することも躊躇無くできると思っていた。

 しかし、その正体は……あたしでさえ応援したくなるような、そんな健気な子だったのだ。


 朝宮万莉。


 どういうわけか、タクヤと距離が近い。

 たぶん彼女はタクヤのことが好きなのだ。


 ——あたしの方がずっと前からタクヤを知っているのに。


 先を越されたような気分になった。

 でもそのおかげで、あたしの気持ちも再確認できた。

 あたしもタクヤのことが、やっぱり好きなのだ。



 小さな頃からタクヤは楽器が上手で、その影響であたしも同じサックスを始めた。

 朝宮サンと並ぶためには、やはりサックスしかない。

 そう考えたあたしは、親戚のお姉さんにあるお願いをしたのだった。



 あたしは、週の半分、授業が終わると楽器を抱えてタクヤの高校に向かった。

 吹奏楽部の先輩と折り合いが悪く、ほとんど帰宅部だったあたしにとって、その音楽室は救いにも感じた。


 朝宮サンはよく練習を頑張っていた。

 危うい感じがするほどに。

 タクヤがやっていたからという下心で楽器を始めたあたしより、よっぽど一生懸命だ。


 ——いつか追い越されるかもしれない。

 楽器の腕前も、恋も……。

 その思いは焦りに変わった。



「ねえ、タクヤ……来週の土曜日だけどヒマ? 買い物に付き合って欲しいんだけど」



 あたしは、抜け駆けみたいな行為に少しだけ罪悪感を抱きつつも、タクヤを誘った。

 一年前のことなど忘れたかのように、彼は快諾してくれた。



 久しぶりにタクヤと話すのはとても楽しかった。

 また幼馴染みという関係に戻れたような気がする。



 どうせ罪悪感を抱くなら……とことん抜け駆けをしよう。

 あたしは、少しだけ嘘を付いてタクヤを自宅に誘った。



 彼と二人きりで、夕ご飯を食べて、話をして子供の頃のように一緒に寝て……。


 あたしは一年前のことを謝った。

 タクヤは気にしていないと言ってくれた。

 いつも、あたしはそんなタクヤに甘えてきたのかもしれない。



「タクヤ……。寝てるよね?」



 気がつくと、タクヤは先に寝てしまったようで、静かな寝息を立てていた。

 その様子は、何年も前と変わらない。

 かわいい、と思った。


 あたしは衝動的に唇を重ねそうになったが、ギリギリのところで留まった。



「さすがに、いくら抜け駆けでも……これはダメだよね」



 あたしは何もせず、タクヤから顔を離した。

 せめてこれならと、彼の唇にあたしの人差し指を軽く当て、次に自分の唇に軽く触れる。



「間接キス……まあ、今さらか」



 あたしは、そのまま彼から離れると、自分のベッドに戻った。


 その後、経験なんて無いからぼやっとしたイメージだったけど、夢の中でお互いに裸で抱き合っている夢を見た。

 そしてそのまま最後まで……とはいえ、やっぱり経験がないから全ては想像だったけど、タクヤと深い仲になってしまう……夢を見た。

 ……さっきの間接キスが原因だったのかもしれない。



 そんな抜け駆けをした罪悪感。

 あたしは本気で学習発表会に向けて頑張ると、自分自身に誓った。


 どんな結果になっても、後悔しないために。


 それが終われば、また正々堂々と——朝宮万莉と勝負することになるだろう。

 でも、彼女になら負けても……そんなに悔しくないかもしれない。



 あたしはタクヤも好きだけど、朝宮さんとずっと仲良くしたいと思う程度には、彼女のことが好きなのだ。


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