第8話 水曜日とお嬢様と幼なじみ(2)

 写真を撮ったあとも朝宮さんと暁星が二人だけで盛り上がっている。

 俺は放置され、暇になって、あることに気付く。

 近くにいる男女のリア充カップルが俺たちの方を見て何か言っているのだ。



「かわいい女の子二人に男一人って修羅場かな?」

「きっとそうよ。浮気がバレたとか」

「美少女二人と浮気なんて……羨ましい」



 なんだかすごく誤解されている気がする……。



 暁星はすぐに誰とでも仲良くなってしまう性格だ。

 その明るい性格に、俺も救われてきたところがある。



「——なるほどねー。それで朝宮サン。もしかしてタクヤのことは高校入る前から知ってたの?」

「……はい」



 ん?

 前から俺のことを知っていた?

 そっか、あの運転手のお姉さんがテレビ出演のことを知っていたわけだから朝宮さんが知っていてもおかしくない。

 気になるな。



「朝宮さん、何を知ってたの?」

「タクヤめっちゃ食いつくなー。でも、アタシもそれ興味あるかも。やっぱテレビのアレ?」

「…………その、あの」



 何か言いたそうだけど、つっかえているように見える。

 うーん。言いたくないことでもあるのかな?



「朝宮さん、無理しなくて大丈夫だよ」

「いいえ。暑いとき、コンベンションセンターで吹奏楽のバンドをバックにソロを吹かれていませんでしたか?」



 コンベンションセンター、ソロ。

 ああ、あの夏のことか。

 頭の中に曲名が浮かぶ。



「マイ・ラブ!」



 暁星と同時に声を上げた。

 そうだ、中学三年のコンクール前の市民コンサート。

 満席のホールで、バンドの前に一人立ってソロで吹いたっけ。



「そっか……。それ聴いてタクヤに興味を持っていたわけだ」

「興味と言いますか……水曜日の放課後、たまたま旧校舎の近くを歩いていたら、サックスの音が聞こえて。前にも聞いたことがあるって思ったんです。耳に残ってた音と同じだって確信して」

「そうなんだ。俺は気付かなかったな」

「ですよね。たくさんお客さんがいましたし……私のことは仕方ないと思います」



 そういえば、そのコンサートの後の事故で俺は暁星らと距離を置くようになったんだよな。



「タクヤの演奏はどう思ったの?」

「すごく感激しました。いろいろ悩んでいて……いろんな感情が込み上げて来て。とても癒やされたような、救われたというか」

「そんなに?」



 自分の演奏が誰かに影響を、それも良い影響を与えることができたというのは、とても嬉しい。



「はい。それで、サックスに興味を持って……。リードが消耗品だって知ったので、渡せたら喜んでもらえるかなって思ったりしました——」



 なるほど。あの時のリードはそういう……。

 とりあえず、違う種類だったのは黙っておこう。



「あの、暁星さんも楽器をされているのですか?」



 朝宮さんは一通り話して胸のつっかえが取れたのか、今度は興味津々という感じで瞳を輝かせていた。



「アルトサックスやってるよ。今も現役!」

「アルトサックス……いいですね」

「興味ある?」

「はい!」

「そうするとやっぱり楽器が欲しくなるよね」



 気のせいかも知れないけど……朝宮さんの瞳に一瞬炎が見えたような気がした。

 もう単なる気まぐれでは無さそうだ。

 俺は、疑問に思っていたことを聞いてみることにした。



「音楽室に来たのは?」

「……もっと近くで聞いてみたいと思って廊下まで行ったら、あのメロディが聞こえて、色々思い出して——」



 感極まって泣いてしまった、ということか。

 涙は俺の楽器の音色に対してなのか?


 実際今も、朝宮さんは涙がこぼれそうになっているのに気付いた。

 朝宮さんは、ハンカチで涙を拭うと、俺の視線に気付いたようだ。



「ちょっとお手洗いに行ってきますね」



 彼女は逃げるようにトイレに向かっていった。

 残された俺と暁星。

 またさっきのリア充カップルが何か言っている。



「今トイレに行った子、お嬢様って感じでいいけど、まだ座ってるセミロングの子の方が好みかな——」

「ちょっと……どうしてさっきから他の子ばかり見てるの!?」



 なんだか揉めているような。

 それをぼんやりと聞く俺に暁星が俺に質問してきた。

 


「タクヤ、あの子に何かしたんじゃないでしょうね?」



 うーん、一緒にマウスピース使ったり、お弁当食べたり、抱きつかれたり、頭を撫でたり……。

 いくつか思い当たることはあるけど、聞きたいのは多分そういうことじゃないだろう。



「いや、特に何か傷付けるようなことをしたつもりはないけど……」

「ふうん」



 その瞬間、軽く俺のすねを蹴られる感覚があった。

 痛くはない。



「なんだよ?」

「あの子が……嫌なやつだったらよかったのに……可愛くてあんないい子なんて聞いてない」



 暁星がそう言ったように感じた。

 よく聞き取れなかったけど。



「えっなんて?」

「はぁ。この……にぶちんが」

「に? にぶ? さっきから何だよ?」

「悔しいから言わない。それに——」

「それに?」

「あたしだって諦めてないんだから……負けないから」

「何をだよ?」



 しかし暁星は答えず、少し頬を膨らませたままだった。

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