第7話 水曜日とお嬢様と幼なじみ(1)


 朝宮さんが俺をようやく離してくれた。

 まあ、もっと長くても良かったんだけど。

 時計を見ると、授業が終わる時間だ。


「あっと言う間でしたね」


 朝宮さんが俺に耳打ちした。

 二人だけの時間は本当に一瞬だったと思う。



 その後は、二人でゆっくりと教室に帰る。

 朝宮さんがやけに近くて、手が触れそうなほど近くを歩いていた。

 時々触れるものの……恥ずかしいやら緊張するわで、ついに手をつなぐことはなかった。

 ふと朝宮さんの方を見ると、うつむきながらも少し微笑んでいる様子。



 教室に戻った。

 夜叉はクラスの中ではかなり居心地が悪くなったようだ。



「あの二人、教室に帰ってきたとき何かいい感じだったよね。やっぱり付き合ってる……?」

「竹居君と昼河君もカッコよかったね。それに比べ他の男子は……」



 女子たちが噂をしているみたいだけど……。

 俺の頭は朝宮さんに触れた感触でいっぱいになっていて、気にしている余裕はなかったのだった。




土曜日になった。学校は休みだ。

 俺は、ふらっと街の楽器店に寄っていた。


 今日はセールもやっていて、値下げしているものもあった。

 そうやっていくつか商品を見繕っていると、肩に触れる温かいものを感じた。



「タクヤ、久しぶり!」



 聞き覚えのある、懐かしくさえある明るい声。

 振り向くとそこにいたのは、肩の辺りで髪を切りそろえた幼なじみがいた。


 彼女は、小さい頃からうちの近くに住んでいる暁星恵利あけぼしえりだ。

 ポンポンと俺の肩を叩く暁星。



「げっ」



 俺は暁星の反対側を向くと、距離を置き離れようとする。

 しかし一旦距離を置いたはずなのに、暁星に服の裾を掴まれてじりじりと引き寄せられた。

 あの、暁星さん、その大きな胸が腕に触れているですけど……。



「何逃げてるの。久しぶりなのに」

「い、いや……ナンデココニイルンデスカ」



 俺は慣れない感覚にドキドキしながら言う。

 俺から一方的に関係を切ったようなものだし、嫌われているんじゃないか? と思っていた。



「ふふっ」



 暁星は目を細め少しだけ笑った。

 俺の心配をよそに、彼女は気さくに話しかけてくる。



「楽器関係の買い物に決まってるでしょ。でも……また楽器やってるんだ」

「う、うん」

「そっか……よかった」



 裾を掴んだまま暁星はうつむき、小声で言った。

 その声は、少しだけ嬉しそうだ。



「よかったのか?」

「あ、ううん。なんでもない……っていうか、さっきから微妙な視線を感じるんだけど、あれ知り合い?」

「へっ?」



 暁星が棚の奥に視線を送る。

 その視線を追いかけると、棚の後ろから半分顔を出してじっと俺たちを見つめる——朝宮さんの姿があった。

 何だあれ……棚の影からマンガやどこかのラノベみたいに顔を半分だけ覗かせている。



「あの、朝宮さん?」



 俺が声をかけようと近づくと、朝宮さんはひょこっと反対側を向いた。



「竹居く……。人違いで……す」



 おや。

 後ろ姿だからロングのカーデしか見えないけど、初めて見る私服は新鮮だ。

 もっとも、朝宮さんなら何を着ても似合いそうだけど。



「朝宮さん。今俺の名前言いかけたでしょ?」



 俺がそう言うと、観念したのだろう。

 朝宮さんは、すぐにくるっと振り向き頭を下げた。



「ごめんなさい! 覗くようなことをしてしまって」

「いや、それはいいけど……どうしてここに?」

「あの、私も楽器をまた吹きたいと思いまして。どれくらいのお値段がするのかなって思って見に来ました」



 なるほど。

 割と本気でサックスやるつもりなのか?

 楽器をいきなり買うのは、さすがにお嬢様でも大変なのだろう。



「タクヤ、やっぱり知り合いだったのね。ってか……綺麗な子……」

「あ、彼女は同じクラスの朝宮さん。んで、こっちは幼なじみの——」



 俺は互いに紹介をしたのだった。



 暁星の提案で、俺たちは買い物を一旦中断して近くの喫茶店に入った。

 俺の隣に朝宮さんが座り、対面に暁星が座る。



「なるほど。練習をタクヤに見てもらってたんだ」

「はい。まだ少しだけですけど、竹居君は教え方が上手で……その、先生といいますか」



 俺を除け者にするように、なんだか二人で盛り上がっている。

 手持ち無沙汰になった俺はそれとなく朝宮さんをガン見した。



 さっきも思ったけど、私服姿は新鮮だ。

 白を基調とした服装は、いいところのお嬢さん、そんな形容詞がぴったりな服装。

 暁星は黄色を基調とした、少しラフなカッコだ。



「アイスコーヒーと、紅茶が二つ、お持ちしました」


 店員さんが、俺たちの前に注文した飲み物を置いていく。


「そうだ、三人で写真撮らない? SNSとか上げたりしないから安心して」


 暁星が言う。

 ぎこちない俺と、いつものクールな感じの朝宮さん、弾ける笑顔の暁星。

 それぞれの表情で写真を撮る。



「朝宮サン、連絡先教えて! タクヤも」

「何そのついでな感じ。まあ教えるけど」



 三人でそれぞれ、連絡先を交換する。

 暁星のラインは何か見覚えがあるな。

 一方……。



「竹居君のラインID頂いても?」



 朝宮さんがつぶやいた。



「もちろん、いいよ」

「やった——! じゃなくてやりました……」



 ん? よく考えたらこれ……俺も朝宮さんのラインゲット?

 もしかして、とても貴重なものを手に入れたのではないだろうか。



【よろしくお願いします♪】



 朝宮さんから早速、メッセージが来ていた。

 微妙に可愛くない猫の絵のスタンプと共に。

 可愛くないんだけど……不思議と朝宮さんをイメージするとかわいいと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る