閑話 いけないこと ——side 朝宮万莉


 ——竹居君に楽器を続けてもらえたら。


 私は無我夢中でした。

 その結果、間接的にキスをしてしまった事に気付きませんでした。



「本当にごめんなさい! さっき拭きもしないで。ちょっと……洗ってくる……きます……うー」



 異性の兄弟がいると、日常茶飯事であまり気にしないという話も聞きます。

 吹奏楽部の人も同じらしいのですが……。


 これは私にとって初めてのことでした。

 だからといって嫌な気持ちにはなりませんでした。

 ただ、とても胸が高鳴ったので……洗うという言い訳をさせていただいて、その場から立ち去りました。


 マウスピースを洗っていると次第に間接キスの実感が湧いてきて、さらに動揺してしまい戻るのが遅くなっていきました。


 でも、それはほんのきっかけの出来事でした。

 私は竹居君と一緒に楽器に関わる水曜日が、とても楽しみになっていきました。



 そして、なんと……竹居君と旅行に出かけた上、ホテルで一緒の部屋に泊まることになってしまいました。



 ——どうしてこんなことになったのでしょうか?



 私の下着を見られるなど恥ずかしい思いをしましたが、穏やかに夜の時間が過ぎていきました。

 男の人と一緒に、同じ部屋で長時間一緒にいるなんて初めての経験です。

 でも、それは水曜日の旧校舎の音楽室でしていたこととあまり変わりなく。

 私は非常に落ち着いて過ごすことができました。


 落ち着いてくると、少しだけ眠くなってきます。

 ベッドに横になりましたが、私だけ寝るのも気が引けます。



「食べてすぐだと、少しだけ苦しいですね。竹居君も……横になりませんか?」



 竹居君は、私の隣に来てくれました。

 そして、彼の温もりを感じながら、今まで話せなかったことを話して……。

 つい怖くて彼の背中にしがみついてしまいます。

 


「朝宮さん。俺は今、その、余裕がなくて……ちゃんと話を聞いてあげる自信が無い」

「えっ?」

「そ、その、色々とすごいことになってて」

「すごいこと……?」

「そう。めっちゃすごいこと」



 すごいこととは、どういうことなのでしょうか……?

 男性のことはよく分かりません。

 竹居君から言いたくないような空気を感じましたので、それ以上は聞きませんでした。

 でも、私は竹居君のその様子が気になって、実はもう少し「すごいこと」の意味を知りたくもありました。


 またいつか、教えて貰えるといいのですが——。



 そのあと、竹居君の腕に私の頭を預けて眠りにつきました。

 男の人と添い寝するように眠るのも初めて経験することですが、彼が優しく支えてくれたおかげで、よく眠ることができました。




 目が覚めると、竹居君の顔が目の前にあります。

 これもまた、初めての経験です。

 とても可愛らしく感じました。

 可愛いと言うのは、同じ歳なので男性にとっては嬉しくないのかも知れませんね。


 ほっぺたなど触ると、とても柔らかかく。

 それでも起きないので、ずっと触っていました。

 管楽器をする人はこういうものなのでしょうか?

 意外と、ずっと触っていても飽きません。


 でもまた眠くなってきました。

 私は無意識のうちにほっぺを触っていた手を竹居君の背中に回しました。

 温かいところを求めていたのだと思います。


 その温かさに抱かれて、また眠りに落ちていきました。



 そして再び目を空けると、竹居君の顔が目の前にあり、私を見つめていました。


 彼が少し動き、私の頭の下にある腕も動きました。

 そういえばさっき起きたときも、彼の腕が下にありましたね。


 なぜか分かりませんか、穏やかで幸せな気持ちになりました。

 不思議な安心感があったからでしょうか?



 そして、そのまま起きて、着替えて……ホテルを出ました。



 竹居君が教えてくださったのですが、私はとんでもないことをしていたようです。


 なんと私たちが泊まったのは、ラブホテルという少し変わったホテルでした。


 本当は、恋人同士で入って、体を重ねる……。

 私たちもそれに近いことをしていましたが、そうではなく、裸になって……。

 そういうことをする目的のホテルなのだそうです。



 竹居君が私をからかいます。



「朝宮さんがまさか、あんなに大胆だとは——」

「もう、竹居君……意地悪言わないで下さい……」



 昨日のことをよくよく思い出すと、顔から火が出そうになります。

 恋人同士でもないのに。

 私は一体……。


 私自身は、嫌な思いは全くしていません。

 むしろ楽しかったと言いますか、良い時間を過ごせたと思っています。

 竹居君が、私のような者に対して、添い寝や腕枕したことに対し、嫌だと思っていないことを祈るのみです。



 同時に、そういうホテルでなくても、また一緒に泊まれたらと思ってしまいます。

 それはきっと、あまり良くないことなのでしょう。

 でも正直なところ、竹居君の温もりや朝起きたときの穏やかな気持ちや、言えないことも話せてしまう雰囲気を、また感じたいと思いました。



 やっぱりこういうことは、お付き合いをしている人とだけするべきなのでしょうね。


 私がいつか自由になれれば……お付き合いすることも考えることができるように、なれるのでしょうか——?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る