第9話 お嬢様と夏休みとお姫様抱っこ

 花火の終わりのアナウンスが流れ、周囲の人達が後片付けを始める。

 俺たちも敷物をまとめて昼河たちと合流した。



「なあ、竹居……お前らラブラブだったな」

「俺たちより昼河と早希ちゃんの方がラブラブだったろ」

「そりゃ、俺たちは付き合ってるからな」

「だから周りに人がたくさんいるのにキスしたわけか?」

「なっ……お前、見ていたのか?」

「竹居くん見てたの?」



 昼河も早希ちゃんも驚いている。

 彼女がいるヤツは、いつも上から目線に感じていたので、こうやってやり返すと楽しい。



「俺だけじゃなく朝宮さんだってガン見してたぞ」

「な……マジか」

「竹居君、ガン見なんてしていませんよ? もう……」



 いや、結構じっくり見ていたような……。

 少し頬を膨らませる朝宮さん。

 ごめんと謝っておこう。



「昼河、この件は他の人には黙っておいてやるから。貸しだな」

「くっ。暗かったから見えないと思ったけど……」



 恋人同士なわけだから、別にキスくらいしてもいいんだけど。

 昼河が照れまくる様子は良い。とても良い。



「今度からは気をつけろよな。見せびらかしたいなら別にいいけど」



 ちょっと調子に乗って説教までしてしまった。

 反省反省。

 だいたい、付き合ってもいないのにキスしてしまった俺が言える立場じゃないな。

 あれがバレると一生昼河に言われそうだ。




「じゃあ、帰ろうか。暁星と合流しよう」


 スマホに連絡があった。

 暁星、先輩とうまく話がついているといいけど。

 ここに来る前の駐車場で合流することにした。



 なぜか今は気恥ずかしくて、朝宮さんと手は繫がなかった。

 人の流れは意外と速く、俺たちは押されるように歩いて行く。



「っ……」



 俺の服の裾をつままれる感覚があった。

 見ると、朝宮さんが少し遅れている。



「朝宮さん、どうかした?」

「い、いえ……」



 朝宮さんの顔に少し汗が浮かんでいる。

 ちょっと辛そうな表情だ。


 様子がおかしいので改めて見ると、足を引きずるようにして歩いている。



「ん? ちょっと見せて」



 俺はしゃがみ、彼女の足下あしもとを見た。

 朝宮さんは隠そうとしたけど、俺は見逃さない。

 草履ぞうりを履いているのだけど、鼻緒に触れる足の親指と人差し指の間が赤くなっている。



「これ、痛いよね」

「い、いえ、ゆっくり歩けば平気です」



 どうやら靴擦れというか、鼻緒擦れを起こしているようだ。

 かなり我慢をしているようで痛そう。



「どうした?」

「草履ってそうなっちゃうよね」



 昼河たちが心配して戻って来てくれた。



「どうしようか」

「どうしようって、こういうときにやることは一つだろ。朝宮さんをおぶればいい」

「えっ」

「たぶん、軽く持ち上がるだろうし大丈夫だろ」

「昼河さあ、今ちょっとイヤらしい視線で朝宮さん見たろ?」



 といいつつも。

 昼河の言う通りにするのが一番だ。

 絆創膏ばんそうこうがあればいいけど誰も持ってないし。



「朝宮さん、ちょっとごめん」



 俺はおもむろに朝宮さんの背中と膝の裏側に手を差し出し抱えるようにして……。


 ダメだと感じたらすぐ諦めようと思った。

 しかし朝宮さんは思いのほか軽くて、すっと持ち上がった。

 時々酔い潰れて玄関で寝てしまう姉さんを運ぶ時と同じようにして持ち上げる。



「きゃっ」



 朝宮さんが小さな悲鳴を上げて俺の首に手を回ししがみついてきた。

 そのおかげで、さらに軽く感じる。

 おかしいな……姉さんを運ぶときはなんとも思わないのに、朝宮さんだとすごくドキドキする。



 ざわっ。

 周囲の人たちが俺たちを見てざわめいた。



「お姫様抱っこしてる……いいなぁ」

「いやお前重いだろ。あの人みたいに細ければ……って、おい、蹴るのやめろ」

「草履って慣れないと足痛くなるよね。ああやってフォローしてくれる彼氏どこかいないかなぁ——」



 若干注目を集めたような気がするけど、割と好意的な雰囲気を感じた。



「朝宮さん、平気? おぶった方が良かったかな?」

「私は平気です。それに、竹居君の顔が見れるこの方が——」



 既に赤かった朝宮さんの顔がさらに赤くなる。

 俺も背中に回している方の手のひらが、彼女のわき腹……胸の横に触れて少し柔らかさを感じた。

 それに……背が低いわけでもないのに驚くほど軽く感じた。



「おい、おぶれって言ったのにお姫様抱っこするヤツがいるかよ。顔真っ赤だぞ。無理すんな」



 いや、これは別に苦しいわけじゃないんだ。

 ただ……いつも以上に近くて。

 間近で見ると浴衣姿の朝宮さんがとても綺麗で色っぽく見える。



「あの、竹居君……。苦しくないですか? 私……重くないですか?」

「ううん、全然。とても軽く感じるよ」

「よかった……。ありがとうございます、竹居君。これなら、堂々と……くっついて……」



 朝宮さんはそれ以上は言わず、俺の顔をじっと見つめた。

 時々、様子を見るために彼女の顔を見つめると、笑顔で応えてくれるのだった。



 その後、暁星と合流。

 暁星は絆創膏を持っており、そのおかげでゆっくりとだけど朝宮さんが歩けるようになった。

 とはいえ……暁星も見てられないと思ったらしく、俺が抱っこして歩くよう言われてしまった。

 今度は私を抱っこしなさいと理不尽なことを言われ……。



 暁星のステージに昼河達のキス。

 そして空に咲く花火と、握った手の感覚と、俺にしがみつく朝宮さんの浴衣姿。

 俺はずっと、この夜を忘れることはないだろう。

 

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