第3話 お嬢様と幼馴染みと「そういうところ」

 その日は、さすがに合わせることもなく練習を終わった。

 朝宮さんを見送り、暁星と二人で下校する。



「ていうか、他校の制服の子と歩くのって新鮮だな」

「そう? タクヤの高校のもかわいいじゃん。セーラー服って」



 暁星は、とても楽しそうにしていた。

 彼女が言葉を続ける。



「楽譜は朝宮サンの分はもうちょっと簡単にしないとね」

「そうだな。あれは……ちょっと無理だろう。暁星、頼める?」

「へいへい。そう言うと思ってたよ。ウチはあさってまた来るからさ、その時に渡す」

「うん。分かった」

「でさ……」



 暁星は急にやや低い声になった。



「朝宮サンとなんかあった?」

「え? いや……別に」



 まあ色々あったのけど……大阪に行って泊まったことなど二人の秘密だ。



「そうかなぁ。前、楽器店で会ったときより距離が近いような気がした!」

「あまり変わらんでしょ」

「いや、なんというか、心の距離というか……通じ合っていると言うか——」


 う……。

 確かに俺もそう感じている。

 完全ではないけど、なんとなく朝宮さんの考えていることが分かるというか。

 そして、朝宮さんにも俺の気持ちが少しだけ伝わっているというか。

 あの時、朝宮さんと二人で一緒に眠ったときから、不思議な感覚だ。


 でも、そんなことを、俺たち二人をちょっと見ただけで分かるもんなの!?


 女の子って怖いな。

 俺だったら絶対分からん。

 経験豊富そうな昼河だったらちょっとは分かるのかも知れないが。

 そうでない男子など全滅だろう。


 暁星の声は、今度はやや熱くなっている。

 イライラするのではなく、こう……何か燃えるような。



「き、気のせいだよ」

「ふーん。なるほどねぇ。別に朝宮サンと付き合ってるわけじゃないよね?」

「つきあうっ? そんなわけないでしょ」

「ふふっ。そうよね。じゃあ……まだ機会チャンスはある……」

「ん?」



 暁星は顔を上げ、両手を振ってなんでもないと言う。

 


「ねえ、タクヤ……来週の土曜日だけどヒマ? 買い物に付き合って欲しいんだけど」

「いいけど、何?」

「楽器店。また詳しい時間とかはラインで送るね」

「お、おう。わかった」

「約束だよ?」



 暁星は弾ける笑顔で、そう言ったのだった。

 アイツ……楽器関係なら俺いなくてもいいと思うんだが?




 翌日。

 今日は朝宮さんはお休みだ。

 朝に、


【今日は学校お休みします。体調が悪いわけじゃありません。練習に行けなくてごめんなさい】


 というメッセージが送られてきていた。

 暁星も来ないはずなので、今日は一人で音楽室で練習することになる。



 そしてあっと言う間に一日が過ぎ——。



 放課後、音楽室に向かおうとした時のこと。

 あっと言う間にクラスのみんなは教室からいなくなった。

 そして、他クラスからやってきた早希ちゃんと俺だけになってしまう。



「あれ、早希ちゃんどうしたの? 昼河は?」

「……気にしてくれるのは竹居君だけだよぉ。アイツ、何か用事があるから教室で待っておけって……言われて」



 ふああと、眠そうにしている早希ちゃん。

 暖かくなってきているし、気持ちは分かる。



「そっか。そういえば、早希ちゃんって中学の頃吹奏楽部だったって話だよね? もうやらないの?」

「もう……絶対やらない。練習が厳しくて……いい思い出無い。どうして?」

「ううん……なんでもない」

「そっか。竹居君、私……置いて……行っていいよ……。寝て……待つから……」



 寝てしまった。

 時々見回りの先生も来るし、このまま置いていっても問題無いだろう。

 でも、このままじゃ風邪を引きそうだ。

 そっと早希ちゃんに俺のカーディガンを掛けてあげる。

 もう暖かくて必要ないとは思いつつ、俺は鞄にカーディガンなどをいつも入れるようになっていた。



 そして旧校舎の音楽室に移動する。

 誰もいない音楽室。

 俺だけの音楽室。



「こんなに静かだったっけ……?」



 楽器を出して、少し吹いてみる。

 さっそく発表会で演奏する曲を吹いてみる。

 ……楽しいは楽しいけど、味気なかった。


 いつもは、側に朝宮さんがいて。

 俺が吹いた音をにこにこして聞いてくれていたり、楽器の練習をしたり。

 いつのまにか俺は、朝宮さんが近くにいるのを当たり前のように思っていたのだろうか。


 結局それなりに吹いて、下校の時間になった。

 外はまだ夕暮れ時だ。



「お、竹居じゃん」



 校門付近に昼河と早希ちゃんがいた。



「やあ」

「竹居君、ありがとう」



 早希ちゃんがカーディガンを手渡してきた。

 うっすらと彼女の匂いがついているような気がするけど……俺は特に気にせず鞄にしまう。



「っていうか。竹居さぁ……そういうとこだぞ」

「へ?」

「お前がモテるって言っているのは、そういう微妙な気遣いがだな……」

「へいへい」



 俺は昼河の冗談を受け流す。

 そこに——俺がさっき感じていた寂しさを吹き飛ばす声が聞こえた。



「竹居君! ああ、間に合わなかった……」

「朝宮さん? 休みだったんじゃ?」



 そこには私服姿の朝宮さんがいた。

 なぜだろう。

 目頭が少し熱くなった。


 一方、彼女を見て「おっ。私服姿の朝宮さんなんてレアすぎる」なんて言った昼河が早希ちゃんに鉄拳を受けていた。



「はい。楽器一緒に練習したくて急いで来たのですが——間に合わなかったようですね」



 がっかりするように肩を落とす朝宮さん。

 何か声をかけようと思ったが、どうしてか言葉がつっかえて出て来ない。


 っていうか。

 この光景……見られてしまったな。



「ははぁ……。そういうわけか竹居」

「なるほどねぇ」



 昼河と早希ちゃんが、全部分かった、というような顔をしている。

 く……ここにも俺と朝宮さんの秘密を知ってしまった者が……。



「まあ、じゃあ頑張れよ……竹居」

「竹居君頑張ってね。朝宮さん、じゃあね」



 頑張ってって二人揃って言うな。

 足早に去って行く彼らの背中を見ながら、俺はやれやれと思ったのだった。



「竹居君は何を頑張るのですか?」



 当然それ聞きたくなるよな……。

 とりあえずとぼけつつ答えておこう。



「んー。朝宮さんとサックスかな」

「そうですね、頑張りましょう! それでね、竹居君。私……今日から一人暮らしをはじめました。あれ? 竹居君……? どうされましたか?」


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