第11話 お嬢様と幼馴染みと初本番(3)

 舞台の上からの景色はとても眺めが良く、観客の人達の姿がよく見えた。

 生徒や先生、そして学校外の人たち。

 年齢層も様々だ。


 朝宮さんのところのお手伝いさん、夕凪さんの姿も見える。

 その側にはごついおじさんと……綺麗な女性……誰だ?


 他にも違和感を覚えるような動きをする人物が見えた。

 夜叉とその取り巻きだ。

 アイツ……変なことをしでかさないといいけど。


 俺は朝宮さんに幾つかアドバイスをしていた。

 あまり客の方を見るな、と。

 本当は反応を見ながら演奏する余裕があるといいけど、今回はそれどころじゃないだろう。



 本番が始まった。


 暁星の合図から始まったイントロ、そしてAメロ。

 俺と暁星がメロディとハーモニーを担当、朝宮さんはビートを刻むパートだ。

 この曲では、一番難しいところ。


 しかし、難なく通過。

 これまでの練習の中でも一番の出来だ。

 朝宮さんは緊張はしていただろうけど本番に強いタイプかもしれない。


 あとは、このままの勢いで行けばいい。

 これは勝ち確定だと俺は思った。



 演奏はBメロに到達。

 ここは暁星がメロディだ。

 ここから、ビート感が薄れやや長い音符が増える。

 その結果、テンポが遅くなりやすいけど、遅くなると後が大変になるのでなんとかテンポをキープする。



 が……その時。

 俺の視界が緑色に染まった。



「っ!?」



 レーザーポインターか?

 ついその方向に目を向けてしまい、完全に視界が奪われてしまった。

 さっき夜叉がいた辺りだ。

 しかし、アイツがやったのだという確信はない。

 それに、複数人数で行っている可能性もある。

 どちらにしろ悪意を持った人間が、俺たちに妨害をしてきている。



 バカなことを。



 今は犯人捜しをしているヒマはない。

 俺は目をつぶって演奏を続けると同時に、前に——暁星と朝宮さんの前に出る。

 殆ど視界を奪われながらも、その矛先が彼女らに向かうのを感じたのだ。

 こんなしょうもないことで、邪魔されるわけにはいかない。


 楽譜は頭の中に入っており、目の前の楽譜は飾りだ。

 幸い、影響なく進行を進めることができた。


 攻撃も収まり、視界が元に戻っていく。

 観客を見渡すと、違和感——レーザーポインターを持っている者はいないようだ。

 目立つし、効果がないと考え諦めたのだろう。


 俺は元の位置に下がった。

 しかし……。



「あっ」



 小さな声。

 何かあったのか……?

 朝宮さんが演奏を止めている。


 彼女が担当するメロディパートが迫っている。

 俺はメロディのハモりをやる楽譜だったが、朝宮さんが復活するまで主旋律を演奏することにした。



 頼む……朝宮さん、はやく復帰してくれ——。



 いざとなればメロディパートを全部俺がやればいいだけの話だ。

 だけど、それでは意味が無い。


 朝宮さんが今まで練習に費やしてきた膨大な時間。

 そして『誓い』。

 そのどれもが、今にかかっている。



 暁星の演奏にも少し前から若干の変化が感じられた。

 彼女も異変に気付いたようだ。


 俺は、暁星に視線を向ける。



 ——俺が朝宮さんをカバーする。



 俺は、伝わればいいなと思って合図をした。

 幸い、うまく伝わったみたいで、暁星はフォローに回ってくれたようだ。

 彼女はやや音量を大きめに変えた。


 朝宮さんを見ると、未だに呆然として楽譜を見つめている。

 恐らく落ちてしまったのだろう。

 俺は朝宮さんに近づいた。


 彼女は瞳に涙を溜めて……絶望の最中、懇願するような表情で俺に視線を向けてきた。



 大丈夫。まだ復帰できる。



 俺は彼女に頷きサックスの右手を使わない音に到達した瞬間に、今演奏している箇所を譜面上で指さす。

 同時に、ここを見てと譜面に視線を移した。


 俺の意図を汲んだ彼女の瞳にぱっと希望の光が灯った。

 そして次の瞬間、か弱いながらも朝宮さんが演奏に復帰した。


 俺は、フォローをしたまま彼女の音と同じ音を吹き、支える。

 次第に朝宮さんの音に、希望の力がみなぎっていく。



 すごい。

 あの状態から良く復帰した。



 彼女の瞳から遂に涙がこぼれる。

 だけど、それは決して悲観によるものではなく——。



 俺は、ハモりパートに移行した。

 もう朝宮さんは大丈夫だ。



 そしてラスト直前、朝宮さんのソロ。


 それ自体はサックスを吹いてきた者が聞けば、少し拙いものであったかもしれない。

 しかし、彼女の魂から絞り出される音は、確かにそこに存在した。



 俺の目頭が熱くなる。

 それほどの旋律ではないはずなのに、聴衆の何人かハンカチを取り出す人がちらほら見えた。



 無事に朝宮さんがソロを終え……俺がアルペジオで最後の和音へのつなぎを吹く。

 そして……静かに最後の和音を響かせ——全ての演奏が終わった。


 温かな雰囲気に包まれて、三人で一礼をする。

 すると——。



 わぁぁぁっ!



 歓声と共に拍手が広がる。

 ふう……。

 トラブルはあったけど、無事に演奏が終わった。


 しばらく会場のざわめきと拍手が続いている。

 次第に拍手が何かを期待するように、一定のリズムを刻み始める。


 アンコールの要求だ。

 よく仕込みでやってもらったりするが、これは明らかに自然発生的な流れ。



 だけどアンコールの準備などしていない。

 同じ曲をするのもありだけど、ちょっと厳しい。


 俺は先生に合図し、もう一度一礼してアンコールは無しにしてもらったのだった。

 爽やかな拍手に見送られ、俺たちは本番の舞台を後にした。

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