第4話 お嬢様と夏休みと浴衣(1)


 昼河と早希ちゃんは海ではしゃいでいた。


 俺はビーチパラソルの下でチェアーに寝そべっている。

 隣では、チェアーの上でうつ伏せになった暁星に、朝宮さんが日焼け止めを塗っていた。



「はあー。朝宮サンの手ってしっとりしてるね」

「そうでしょうか?」

「ひんやりしていて気持ちいい」



 俺はその様子を目にしないように、気にならないフリをしているが……。

 その光景があまりに生々しいというか……。

 色々耐えるのに必死だった。


 選手交代、次は暁星が朝宮さんの背中に日焼け止めを塗っている。



「暁星さんの手も気持ちいいです」

「そう? じゃあこれは?」

「ひゃああああっっ! もう、暁星さんッ!」



 しっかり見たわけではないが、どうやら水着と肌の隙間に指を差し込んでくすぐったらしい。

 っていうかさあ、俺隣にいるんだけど。



「あはは、ごめんごめん」

「じゃあ、私たちは終わったので竹居君にも塗って差し上げましょうか?」

「え……いやいいよ」

「遠慮しなくていいって!」



 なんだ?

 暁星と朝宮さんの強力なタッグを組んで俺を攻めてくる。

 いや、この場合はコラボか?


 俺は結局、手の届かなかった背中に日焼け止めをたっぷりと塗って貰うことになり……。

 二人の手の感触により俺は昇天してしまったのだった——。


 遠ざかる意識の中で、朝宮さんと暁星が楽しげにはしゃぐ声だけが俺の耳に響いていた。




「うっ……うっ——」

「タクヤどうしたの?」

「もうお嫁に行けない——」





 そうやって午後は思い思いに過ごし、日が暮れて——。

 夜になった。

 お楽しみの花火大会だ。




 昼の水着とうって変わって……。

 女性陣は落ち着いた柄の浴衣に着替えていた。

 みんなよく似合っている。


 三人とも足下まで気合いを入れ、草履を履いている。



「ほんと……今日は最高だな」

「ああ、昼河。同意する」



 彼女らを連れて歩く俺たちに突き刺さる視線が痛い。



「あの三人レベル高すぎでしょ」

「クソ……あの男共がいなければ絶対声をかけるのに」



 まあ、逆に俺たちがついていて良かったのかも知れない。

 


「じゃあさ、俺ら花火の場所取りしてくるよ」



 昼河は早希ちゃんとちゃっかり手を繫いでいた。



「ん? それならみんなで行こうよ」

「まあ、それでもいいんだが……」



 珍しく昼河がもじもじしている。

 ふーん。なるほど。



「分かった。あれだろ? 早希ちゃんと二人だけになりたいんだな」

「まあ、そうだな。っていうか、そこの女子二人と一緒だと視線集めまくるし、あとは竹居に任す」

「なんだそれ。まあ、分かったよ」



 昼河と早希ちゃんは、手を繫いで湖の方向に向かっていった。

 俺はそれを少し羨ましそうに見送る。





「お、バンドやってる」



 花火会場に向かう途中、屋台を物色しながら歩いていると、暁星が気付いて声を上げた。

 アマチュアバンドのライブをやっているようだ。

 数曲ずつ交代で数十のバンドがライブをしているらしい。



「あれは……!」



 スッと顔を隠すようにうつむく暁星。



「暁星、知り合い?」

「う、うん……同じ高校の吹奏楽部の先輩。みんな、ちょっと私は……ここ離れるね——」



 そう言って、立ち去ろうとした暁星に声をかける男がいた。



「暁星さん! 久しぶり。奇遇だね」

宵谷よいたに先輩……」



 暁星はバツの悪い表情を見せる。

 吹奏楽部と折り合いが悪いとか言ってたよな。



「ねえ、暁星さん、一つお願いがあるんだけど。ちょっとさあ、今日一人バンドに欠員が出ちゃって……出て貰う事ってできない?」

「え? 私はサックス以外はできませんが」

「うん、欠席したのはギターやってるヤツなんだよね。僕はサックスを間奏のところだけやるつもりだったんだけどさ、急遽ギターをヘルプでするから、サックスパートが丸々空いちゃって」

「でも……。私たちはタクヤや朝宮サンと——」



 暁星は俺たちの方を見た。

 嫌がるってるようなら引き剥がしてでも暁星を引っ張っていくんだが、戸惑ってるだけにも見えるな。



「あのさ……あんた、俺たちのツレに何勝手に——」

「あの——」



 俺の言葉にかぶせるように朝宮さんが前に出た。



「暁星さん、行きましょう。ごめんなさい、私たちは用事がありますので、失礼させて頂きます」

「えっ?」



 朝宮さんは、彼女の手を掴み……ついでに俺の手も掴んで、宵谷とかいう男に挨拶した。

 そして一礼すると、俺たちを引っ張って歩き出そうとする。



「ちょちょ、朝宮さん?」

「暁星さん、嫌そうでしたし。私が悪者になりますので」



 ゆっくりだけど、ずんずんと歩いて行く朝宮さん。

 俺と暁星は引きずられるようにしてついていく。



 さっきの場所から少し離れたところまで歩いた。

 


「はぁ……はあ」



 朝宮さんは胸に手を当て、息をついている。



「すごくドキドキしました」

「びっくりしたよ」

「そうね。私も急に歩き出すから驚いた。でも、ありがとうね」

「い、いえ」



 そういう朝宮さんは、嬉しそうに笑った。



「強引そうな人でしたので暁星さんがかわいそうでした」

「あの人、吹奏楽部の先輩?」

「うん」

「行ってきたら?」

「えっ?」

「迷ってるのなら、行ってきなよ。俺と朝宮さんは大丈夫だからさ」



 えっ?

 朝宮さんは驚いて俺を見上げている。



「…………今さら、どんな顔をして会えばいいのかわからない。もう、何ヶ月も休んでいるのに」

「それはさ、暁星が考えすぎだよ。ああやってわざわざ声をかけてきたって事は、まだ席があるんじゃないかな?」

「それは……」



 それに、多分あの先輩、戻って来やすくするためにも誘ったんじゃないかな。

 暁星は、さっき先輩がいた方向に視線を移した。



「迷ってるのなら、やってきたらいい。後悔はあとですればいいと思うよ」



 俺はそう言って暁星の背中に手を触れ、軽く押した。

 すると、数歩前に歩き出した後、暁星は俺たちに振り返って言う。



「タクヤ、朝宮サン。ごめん。あたし、ちょっとライブ出てくる。朝宮さん、さっきはありがとうね」

「は……はい……」



 俺たちは手を振って暁星を見送った。



「私は、余計なことをしてしまったのでしょうか?」

「ううん。暁星が考えるきっかけと時間を朝宮さんは作ってくれたんだよ。その結果、いい結果に繋がったのだと思う」

「は……はい。でしたら……いいのですが」

「うん。いい方向に向かうさ」



 彼女に笑顔が戻った。


 それにしても、朝宮さんの行動力はすごい。

 多分行動力パラメータなんてものがあったら最大値、カンストしてる。

 そのため、思考がその行動力に追いつかないことがあるのだ。

 最初に会った時の間接キスもそうだし、この前のキスもだ。


 いや、キスはちょっと違うかもしれないな。



「じゃあ、ライブやってるところに行こうか。暁星の応援をしよう」

「はい!」



 今度は俺が朝宮さんの手のひらを握った。



「あの、竹居君」

「ん?」

「ありがと……いえ、なんでもありません」



 そう言って俯きつつも朝宮さんは少し嬉しそう。 

 不思議と今は、俺に少しだけ朝宮さんの行動力が俺にうつったような気がしたのだった。


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