第5話 お嬢様と夏休みと浴衣(2)


 俺たちは、ライブ会場、というかステージが設置された広場に着いた。

 並べられたパイプ椅子に座って聞いている人はまばらだ。

 花火の前に行われているので、場所取りに行く人が多いのだろう。


 ただ、その舞台は花火が行われる湖に接しており人通りはかなりあった。

 どちらかというと立って聞いている人が多い。


 各バンドの腕前はそこそこ上手いと思った。

 中高生が多いみたいだけどレベルは高い。



「ここにしようか?」

「はい。楽しみです」



 …………。

 なんだか……。



「あの、竹居君?」

「ごめんごめん」



 ここまで繫いでいた手を離すのがもったいない気がしてしまった。

 朝宮さんに言われて我に戻った俺は、慌てて手を離して椅子に座る。 



「竹居君……これからもたくさん、つなぐことができますから」



 朝宮さんは少し頬を染めてそう言った。



「暁星さん、いきなり大変ですね」

「そうだね。たぶんほとんど本番一発勝負になるんじゃないか? まあ、暁星なら大丈夫だろ」



 難易度が高い曲の無茶ぶりをするとは思えないし。

 まあ、あいつ……暁星が先輩と呼んでいた宵谷ってやつ次第かもしれない。

 


「竹居君は、とても暁星さんを信頼されているのですね」

「うーん。まあ、つきあいは長いからな……。生まれる前から俺の両親と暁星の両親とは付き合いがあったみたいでさ」

「そうなんですね。私の知らない竹居君を知っているなんて……羨ましいです」

「……あんまり知らない方がいいと思う」

「そうでしょうか?」

「俺は朝宮さんの小さい頃の話が聞きたい」

「私は家の中にいることが多かったかもしれません」



 などと話しながら待っていると……ついに暁星のバンドが出番になった。



「あ、暁星さんです!」

「ホントだ」



 アルトサックスを抱えて……うーん、浴衣にサックスって新鮮だな。

 まあ演奏にはあまり影響無さそうだけど。


 彼女がステージに上がると少し観客がざわっとしたのが分かる。

 他のバンドのメンバーはさっきの宵谷先輩とやらはギターを抱えている。

 みんな割と地味目な私服だから暁星の浴衣と銀色に輝くサックスは目を惹くな。



「銀色のサックスってしぶい感じですね」



 少し落ち着いた音がするわけだけど、その珍しさもあって目を惹くようだ。



「あの女の子……浴衣姿かわいいな」

「なんて言うバンドだ? ライブ行きたくなるな」



 お前ら音を聞けと言いたくなるけど、まあビジュアルも大事だよな。

 気がつくと、周囲に座る人も増え、通りすがりの人も足を止めている。


 一方の朝宮さんはステージの暁星を見つめ手を握りしめている。

 緊張している様子だ。


 簡単な紹介の後に、演奏が始まる。

 観客が、さらにバンドに向け視線を送った。



「この曲って……!」

「学習発表会でやった曲『I Love……』だね。ただ……」

「微妙に同じなのに違いませんか?」



 うん。朝宮さん、その感覚は正しい。



「そうね、調が違う。暁星が調を変えていたんだ。この原曲調だと、アルトはシャープ六つとかになって大変なんだよね」



 カラオケで半音ずつ上げたり下げたりするモードがるけどまさにあれ。

 歌うときは音程を上げるだけで済むが、楽譜ではシャープやフラットがたくさんついてふえぇぇってなるやつだ。



 暁星は当然のごとくホーンセクションの担当だ。

 幸い、イントロからAメロ以外難易度の低い譜面みたいでよかった。

 ほんの数小節だけど、ソロもあった。


 気がつくと、朝宮さんは何か掴むものを探しているようで、膝の上に置いていた俺の手を握ってきた。

 たぶん無意識にしている。


 聴衆の評価は上々みたいで、そんな感想が俺の耳に入ってくる。



「あの浴衣サックスの子、うまくない?」

「見た目も映えるな……撮影したいけど禁止か」



 朝宮さんが俺の手を握る力が少し強くなった。



「I Love……」



 周囲の人がのってきて歌い始めた。

 手拍子をする人もいる。



「I Love……」



 本当は言いたいけど、言えない気持ち。

 聞いている人たちも……もちろん俺も、歌に感情移入してしまっていた。

 その和やかな雰囲気を暁星のサックスがいろどる。


 朝宮さんが俺の手を握る力が、少し柔らかになった。

 


 そして曲はエンディングを迎え……静かに終わる。

 いつのまにか、周囲には人が増えていて、大きな拍手が響いていた。

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