第47話



 まさか、隣の部屋だったとは。

 小さくため息をつきつつ、とりあえず美月が中にいるのがバレないようにするため扉の前で立った。


「へぇ、陰キャ。カラオケとか来るんだ? どうせアニメの歌とかしか歌わないんだろ?」

「まあ、そんなとこだな。一人でもいいだろ? 自由に歌えるじゃないか」

「いやいや、一人とかマジさみしーから! 友達いねぇんだな!」


 ケラケラと笑ってこちらを見てきた。それから、彼らはこちらにトレーを差し出してきた。


「ちょうどいいや。友達いねぇおまえに、オレらが仕事やるよ。ほら、ここに飲み物もってきてくれや」


 ……まあ、このくらいでいいなら引き受けるか。

 トレーを受け取って彼を見る。


「で? 何が飲みたいんだ?」

「あー、そうだな……」

 

 彼等が考え込むように腕を組んだ。

 ……早くしろや、と思っていた時だった。


 俺の部屋の扉が開いた。


「……おい」


 俺は驚きながら小さくつぶやいた。そちらを見ると、マスクと眼鏡を外した美月がいた。

 不良三人組はこちらを見て驚いていた。

 まさか俺の部屋に誰かがいるとは思っていなかったようだ。


 そして、今の美月は変装していない美少女の姿だった。


「……め、めっちゃ可愛い」

「て、ていうか……どこかで見たことがある……あっ、声優の天笠美月ちゃんか!?」

「誰だよ!」

「この前話したろ! 『天使の子』のメインヒロインの声優やってるっていう!」

「マジで!? だから、こんな可愛いのか……」


 ニヤニヤと先頭にいた男が俺の肩を軽く突き飛ばしてきた。

 そして、美月に近づいて笑みを浮かべる。


「よっ、なんで陰キャと一緒にいるのか知らねぇが……オレたちと一緒に歌わないか? こんな奴より楽しませられるぜ?」

「そうそう。一緒に楽しもうぜ!」


 美月はそういってきた彼に笑みを返した。


「遠慮しておきます。センパイ以外とでは楽しくないので。センパイも、そんな奴の言いなりにならなくていいですから。行きましょう」


 俺が持っていたトレーを奪うと、彼女は男に押し付けた。

 男が苛立ったようにそのトレーを俺の方に向けてきた。


「おい、舐めた口きいてんじゃねぇぞ! そっちの陰キャよりつまらないだって!? ああ!?」

「はい、そうですよ」

「んなわけねぇだろ! いいから、こっちに来いよ!」


 不良がこちらに腕を伸ばしてきたので、俺が手首をつかんだ。


「なんだよ、いきなり!」

「美月に手を出されるのは困るんだ。悪いがおとなしく部屋に戻ってくれないか?」

「陰キャの癖に生意気な口を……いでぇ!?」


 彼の手首を思い切りつかむ。骨を砕くようなつもりで力を入れていく。


「俺は自分に関することで暴力を振るうつもりはないが……美月の場合は別だ。やるっていうなら、相手になるが?」

「……な、なめんな」


 彼は俺がつかんでいなかったほうの腕を振りぬいてきたが、遅い。

 それをかわして、顔へと拳を振りぬいた。


「ひぃ!?」


 彼が目を見開き、短く悲鳴をあげて目を閉じたのを確認したところで、手を止める。


「こういうわけだ。おまえが何度やっても俺には勝てない。……いいからさっさと部屋にもどれ」

「……」


 店内で騒ぎになって、店を追い出されても困る。

 俺の言葉に男はへなへなと座り込む。不良二人が睨みつけてきたが、俺が睨み返すと……彼らはびくりと肩をあげた。


「行くぞ、美月」

「は、はい……」


 美月がこくこくと頷いて、それから俺の隣に並ぶ。

 不良グループが、俺を追いかけてくることはなかった。

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