第21話


 朝、6時に目が覚めた俺だったが、強く抱きつかれていてまともに体を動かすことはできないでいた。


 ぎゅっと腕は俺の首にまわり、足までも絡みつかせていた。


 俺の左腕は彼女の胸の間に埋まっている。彼女の顔は首元にあって、寝息がくすぐったい。


「……おい、起きろ。朝食食って出発の支度をしないといけないんじゃないか?」


 俺は自由だった右手を動かして、彼女の腕を叩いた。

 すると、友梨佳は目を覚まし、軽くあくびをする。

 そして、俺を見て嬉しそうにぎゅっと抱き着いてきた。


「ずっと夢見ていた……この生活を……」

「夢の時間は終わりだ、朝だぞ」

「私が起きた時、隣に雄一がいるのを。うん……これは非常に良い」

「……わかったから、朝飯食うぞ」

「うん」


 すっと彼女は体を起こし、背伸びをする。……普段は滅茶苦茶眠たそうというか、のんびりとした言動、動きをしているというのに寝起きは元気だな。

 俺もすぐに体を起こして軽く服装を整えていた。


「化粧しよっか?」

「……いや、マネージャーさんが来てやってくれるらしいから」


 俺のラインに、そんな連絡が来ていた。

 友梨佳はこくりと頷いて、寝室を出る。その後を俺が追いかけた。

 それから、彼女はキッチンへと向かう。


「それじゃあ、朝食を作るから待ってて」

「俺が作ろうか?」

「大丈夫。食べてほしいから」


 友梨佳はエプロンをしながら振り返ってきた。

 ……そういわれたのなら仕方ない。それも、依頼の一つだろう。

 俺は頷き、代わりとばかりに洗濯物などをとりにいく。


 衣服をたたんでいると、朝食が出来上がっていた。


「洗濯はここにおいておけばいいか?」


 どこに置くのか分からなかったため、友梨佳の衣服はすべて洗濯籠に入れておいた。もちろん畳んではある。


「雄一、ありがと。そこで大丈夫」

「了解だ」


 洗濯籠を置き、それから朝食の準備を行う。彼女が作ったのは目玉焼きとみそ汁だった。

 ごはんは昨日炊いておいたものが冷蔵庫に残っていたので、それをレンジで温めた。


「それじゃあ、頂きます」

「いただきます」


 俺が食べるまで、友梨佳はじっと見てきていた。

 少し気になるが、俺は構わずに食べ始めた。


「うまいな、これならいつでもお嫁さんにいけるな」

「ありがとう、それじゃあ早速ご両親に挨拶に行く」

「俺のじゃねぇよ」


 友梨佳とともに朝食を食べていると、ドアチャイムが鳴った。

 確認するとマネージャーだ。予定よりも早かった。


「お二人とも、おはようございます。昨晩はお楽しみでしたね」

「楽しんだ」

「卑猥な意味はないからな。おたくの事務所の歌姫は今も綺麗ですよ」


 俺がそういっていると、マネージャーは笑いながら部屋へと入ってきた。


「それは良かったです。まあ、こちらもある程度は覚悟していますし、みんな友梨佳の幸せを考えている良い子ですからね。その時がきたら、言ってください」

「それじゃあ、早速婚約届を提出に――」

「今日は握手会だろ? さっさと、着替えたほうがいいんじゃないか?」


 ふざけたままの友梨佳を遮るように俺が言うと、彼女はこくりと頷いた。


「それでは、私もやりますかっ!」


 マネージャーが目を輝かせる。……コスプレ大好きな彼女の血に火がついたようだ。


「……やっぱり、やらないとダメですか?」

「はい。そのほうがより一緒に行動しやすいですから。今日はこちらの服に着替えてもらいます」


 彼女が持ってきたのはスーツだ。女性用のものであるが、体格などは隠れるようにするためか、かなりゆったりとした大きさがある。

 ……まあ、スカートよりはいいか。


「あくまで、私の下についている新人、という形での参加になりますのでその点ご了承してください」

「了解」

「しゃべり方も気を付けてくださいね」

「安心してください。私、これでもそのくらいのプロ意識は持ち合わせていますから」


 少し声音を変えて微笑むと、驚いたようにマネージャーがこちらを見てきた。


「……うーん。雄一さんはうちのアイドルとしてやっていけるんじゃないですか?」

「あんたまでふざけないでください……収拾がつかなくなります」

「ですが、私も友梨佳には振り回されていますので、こういうときくらいは息抜きをさせてもらいたいのです」

「俺をいいように使わないでくれませんかねぇ……」

「それでは、あなたの化粧を済ましてしまいましょう」

「友梨佳はいいのですか?」

「友梨佳は自分でできますし、最低限のものでいいです。握手会を始める前に、ちゃんとしたプロにやってもらいますから」

「……わかりました」


 俺はマネージャーとともに部屋へと入り、それから女装をすることになる。

 仕事のできるマネージャー、っぽくなったのではないだろうか?

 準備を終えた友梨佳が俺の部屋に入ってくると、彼女は驚いたようにこちらを見ていた。


「……可愛い、私よりもカワイイかも、ずるい」

「何をふざけたことを言っているんだ。行くぞ」

「うん」


 友梨佳の荷物を受け取り、共にマンションを出た。

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