第17話


 マンションに入り、友梨佳のカードキーを使って中へと入っていく。


「これ、スペアキーだから。管理人に頼んで、今日から日曜日まで使えるものを用意した」

「……了解」

「日曜日以降も使いたいときは、言って?」

「必要ないな」

「じゃあ結婚した後は雄一の家で暮らすってこと?」

「結婚しないってことだ」


 彼女とともにエレベーターに乗りこみ、目的の十階へと向かう。

 部屋についたところで、友梨佳が疲れた様子で肩を伸ばした。それから靴を脱いで、家へと上がる。

 そして振り返り、ぺこりと頭を下げてきた。


「雄一、おかえり」

「……なんだこれは?」


 友梨佳が両手を広げてきた。


「ただいまって言って」

「……ただいま」

「うん、それじゃあただいまのハグ」

「……どういうことだ?」

「夫婦っぽいと思って」

「いや、俺たち別に何の関係もねぇから……」

「……仕方ない。それは後の楽しみにとっておくか」

「一生来ないぞ?」

 

 俺が答えるが友梨佳はまったくもって聞く耳を持っていなかった。


「私の部屋に来るのはこれで二回目?」

「……そうだな」


 といっても、前回は泊まりではなかったが。


「雄一はとりあえず休んでて、料理するから」

「いや、料理くらいは俺がやるぞ。そここそ、俺の仕事じゃないか?」

「大丈夫。私が手料理を食べてほしいから」

「……そうか? まあ、そういうのなら、いいけど……」

「うん、色々入れられるし」

「傍で見ていていいか?」

「そんな、指を切るような真似はしない」

「そっちに一切の心配はしてないぞ。やべぇもんぶち込まれるんじゃないかって方を危惧してんだよ」

「冗談、休んでて」


 友梨佳はそこそこ料理ができたはずだ。

 彼女がエプロンを取り出した後、服を脱ごうとした。


「待て、何をしている?」

「裸エプロン。そういうのが好きだって聞いたことがある」

「誰にだ?」

「マネージャー」

「確かに好きな男はいるだろうな」

「ちなみに、雄一は?」

「俺? もちろん好きだ」

「じゃあ、やる」

「だけど見たい相手と見たくない相手っていうのがいるんだ。おまえのは別に見たくはないからな?」

「……見たいっていって」

「見たくない」

「……むぅ」


 友梨佳がぶすっと頬を膨らまし、それから普通にエプロンをしてキッチンへと向かう。

 俺は改めてスケジュールの書かれた紙を見ていた。


「今日はレッスンとかなかったのか?」

「元々、明日明後日のためにマネージャーが仕事を減らしてくれていた」

「そうなんだな」


 マネージャーも、たまに暴走する人だが基本良い人だからな。

 そんなことを考えながら、俺は友梨佳の料理を遠くから見張っていた。



 〇



「料理、できた」


 しばらくして、友梨佳が料理を持ってやってきた。

 俺も食器程度の用意はして、二人並んで食べ始めた。

 目の前にある料理は……カレーだ。おいしそうだ。


「それじゃあ、いただきます」

「うん、いただきます」


 じっとこちらを見ていた友梨佳。感想が聞きたいのだろう。俺が一口食べる。


「良かった、うまいな……」

「良かったって、何?」

「いや、変なもの入れられると思っていたからな」

「雄一においしい、って言ってほしかったから」


 笑顔で言ってくる友梨佳に、俺は頭をかいた。それから、カレーをかきこんだ。


「さっきは悪かったな。普通にうまい、滅茶苦茶うまい。俺の母親が作ったものよりうまいな、毎日でも食べたいくらいだ。ありがとな」

「……毎日食べたい。それはつまり、告白……?」

「ちげぇよ。まあ、うまいのは本当だ、自信を持ってくれ」

「……うん、ありがと」

 

 友梨佳は嬉しそうに微笑み、それからカレーを一口こちらに向けてきた。


「なんだ?」

「あーん、して」

「俺は別にまだ介護は必要ない」


 俺がそういうと、さらにスプーンが近づけられる。


「……あーん、して。しないと鼻に入れる」

「恐ろしいことを言うんじゃない……」


 俺が口を開くと、口に一口放り込まれる。


「……おいしい?」

「ああ、うまいが……別に味は変わらないぞ?」

「それじゃあ、次は私」


 そういって友梨佳が口を開いた。

 これも仕事のうちか? 俺は彼女に一口を食べさせると、幸せそうに微笑んだ。

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