第16話

 友梨佳が借りているという高級マンションへと着いた。

 さすがに、すげぇなおい。庶民の俺では一生縁のないようなマンションだ。


「ほかの芸能人や企業の社長などが暮らしていますので、セキュリティーに関してはかなりのものです」

「……やっぱり、このマンションのほうが安全だったんじゃないのか、友梨佳」


 以前、脅迫されたときに友梨佳は俺の家に来ていた。

 このマンションにいたほうが安全だと思うんだがな。


「セキュリティーは電気の供給がなくなったらダメになる。でも、雄一はずっと動き続けられる」

「……さすがにサイボーグのようにはいかないがな」


 まあ、昼間は人間が、夜間は機械が、というのがセキュリティーに関しては無難なところだろうな。

 そして、俺の腕に抱きついてくる。……俺が女装をしてから、露骨に接触が増えたな。


「もうちょっと距離開けてくれないか? 近いぞ」

「女の子同士なら普通」

「俺は男だぞ」

「今は女の子」

「股の間にあるもの触らせるぞ?」

「頑張る」

「俺が悪かったから離れろ、な?」


 頼みます本当に。渋々といった様子で友梨佳は離れてくれた。


「というわけですので、建物内で誰かに襲われる心配はないと思いますが……それでも一応お気をつけてください」


 マネージャーがそういってくるのはこの前の件もあるからだろうな。


「ああ、分かっています」

「でも、ある程度は気を抜いてもいいから。ずっと気を張り詰めるのは大変だから」


 友梨佳もたまにはいいことを言うな。


「仕事のオンオフくらいはきちんとできるつもりだ」


 常に気を張り続けるのは人間の構造上不可能だ。

 だから、オンオフはきちんと切り替えられるようにする。気を張り続けるというのは三流の仕事なのだ。

 俺がそういうと、友梨佳は嬉しそうに微笑んだ。


「じゃないと私が襲えない」

「おまえかよ……」


 オンオフつけられなくなったんだけど……。

 俺がため息をついていると、マネージャーがすっと頭を下げた。


「それでは、また明日の朝8時に迎えに来ますので。部屋にいてください」

「8時か、分かりました」

「明日明後日のスケジュールに関してはこちらになりますので、よろしくお願いいたします」

「了解だ」


 マネージャーから一枚の紙が渡される。ざっくりと一日の様子が書かれている。

 ……大変そうだな。

 握手会がメインのイベントではあるが、それだけではない。握手会の前、会場入りした後メイクをしながら、軽くインタビューを受けることになっている。


 握手会が終わった後に、軽くテレビの取材を受けるそうだ。その後は家に戻れるようだが、予定では20時程度になっている。

 ……日曜日も似たようなものだ。


 売れるためには、それだけハードなスケジュールをこなす必要があるのだろう。ちらと見ると、明日の帰りは22時予定になっており、すべてのイベントが終わったあとの軽い打ち上げ、それが終わった後にはレッスンもあるようだった。


 ……凄まじいな、売れっ子歌手は。

 歌姫、などと言われるには才能はもちろん、努力も必要ということか。


「それでは、ここから友梨佳の精神安定剤としての仕事をよろしくお願いいたします」

「分かりました」


 俺は紙をポケットにしまってから、友梨佳とともにマンションへと入っていった。

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