第18話



「何か買ってきてほしいものはあるか? なければもうシャワーを浴びようと思うが」


 俺は軽く伸びをしていた。

 友梨佳が何か欲しいといえば、コンビニに行くつもりだった。

 だが、友梨佳は首を横に振った。


「特にいい。ただ、シャワーを浴びるというのは良い提案」

「え、なんで一緒に浴びるかのような言い方なんだ?」

「あれ、違った?」

「ちげぇよ。一緒には入らない。何もないんだな?」


 それはもはやマネージャーという範疇を超えているだろう。いや、マネージャーが女ならいいが、俺は男だからな。

 友梨佳は少し不満げであったが、しぶしぶといった様子だった。


「一緒にコンビニ行こっか」

「いや、一緒よりはおまえにはここで待っていてもらったほうがいいと思うが」


 一応、この前襲われたんだしな。


「それじゃあ雇った意味が薄れる」

「雇った意味は別にあるだろうが」

「ない、私の欲望のみ」

「とうとうぶちまけやがったな……」


 俺がじろーっと見ると、彼女は口笛で誤魔化した。


「まったく……それで、俺を一時間一万で雇うって。おまえなら色々な意味でもっといい男探せるだろ」

「怒る」

「……な、なんだ?」


 唐突な宣言をした友梨佳がびしっと俺の鼻先をつつくように指を伸ばしてきた。


「私にとってのいい男。それは雄一だから」

「女装させておいてそれを言うか?」

「それ含めていい男」


 やっぱりこいつはずれている。


「それで? 何か欲しいものはあるのか?」

「……アイス食べたい」

「分かった。それ買ってくるな」

「私も行きたかった」

「それなら、今度昼間にでも行こうぜ。やっぱり夜は危険だからな」


 この辺りは住宅街で人通りは少ない。

 俺の家近所ならば、わりと人通りはあるのでまた話は別なんだが。


「つまり、私を危険にさらしたくない……ということ? 愛ゆえに?」

「金をもらったゆえに、だな」


 それだけ言って、俺は必要なものを持ってコンビニへと向かうことにした。


「お金はいくら必要?」

「いや、こんくらいは俺が出すよ。奢ってやる」

「それじゃあ、次行くときは私が出すから」

「おう」


 嬉しそうに友梨佳が笑っているので、俺は苦笑を返しながら、マンションを出た。

 マンションを出てからアプリを使って、近くのコンビニを調べる。


 目的のコンビニへと向かい、そこでアイスをいくつか購入する。……あいつ、グレープ系の味が好きだったよな?

  そんな昔のうろ覚えの記憶を掘り起こしつつ、コンビニから外に出た時だった。


「なあ、姉ちゃん?」


 誰か呼ばれているようだ。俺は特に疑問に思わず、そのまま歩き始めると、俺の前を二人の男性が塞いだ。


「なあ、姉ちゃん? こんな夜に一人でどうしたの?」

「そうそう。もうこんな暗いんじゃ危険でしょ? 俺たちが家まで送っていこっか?」

「なんなら、俺たちの家に泊って行かない?」


 ……なんだこいつら? 男の俺をナンパして――ってああ、そうだった。女装してたな今。

 俺は自分のスカートをちらと見て、それから頭をかいた。そういえば、コンビニでもやけに視線を集めていたのは、もしかしたら俺に見とれていたのかもしれない。

 ……なんて嬉しくないんだ。女装がそんなに似合っていたからなんだっていうのだ。


「ごめんなさい、興味ないんで」


 俺はにこりと微笑んで、おほほー、と去っていった。しかし、二人は未だ俺の後ろをついてきた。

 しつこくナンパしてくるこいつらに、俺の股の間に生えているものを見せたくなってきた。


「なあ、姉ちゃん。無視はひどくねぇか?」

「あぁ?」


 さすがに、我慢の限界だった。

 俺が低めの声を出すと、二人は一瞬怯んだ。

 ただ、俺の声がそこまで低くないため、彼らの怯みは一瞬だった。


「そんな声をあげるなって。ほら、足震えてんじゃん?」


 まったくもってそんなことないんだが? そう見えるのなら、彼らは何か危険なクスリをやっているのだろう。


「震えてねぇよ」

「そんな言葉使わないの。ほら、俺の家まで来なって」


 無理やり腕を伸ばしてきた彼の手首をつかみ、俺は股の間を触らせた。


「え!?」

「悪いな、俺は男だ」


 そういうと、男は驚いたように俺を見てきた。

 これで諦めるだろ? 俺が無視して、歩き出そうとすると、男は俺の肩を掴んできた。


「なんだよ……?」

「そ、それはそれでアリだ……っ!」

「アリじゃねぇよ!」


 苛立って、足を振りぬいた。男の体を蹴り飛ばすと、もう一人が慌てた様子で飛びかかってきた。それをかわし、腹を蹴り上げてから、背中を踏みつける。


「あ、ああ……いい」

「いいじゃねぇよ! 気持ち悪ぃ!」


 軽く痛めつけるように蹴り飛ばし、それから俺はその場から退散した。

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