第19話


「遅かった……何かあったの?」

「この世の闇を見た」

「……? 確かに今の時間、外は暗い」


 友梨佳にアイスの入った袋を渡すと、彼女は嬉しそうに持っていった。

 ひとまずすべて冷凍庫に入れた彼女を一瞥してから、俺は洗面所のほうへと向かって歩いていく。


「そんじゃ、俺はもうシャワー浴びるからな? 大丈夫だよな?」

「待って」

「どうした?」

「写真撮りたい」

「俺の黒歴史を残すと? 残酷じゃないかおまえ」

「大丈夫」

「何も大丈夫じゃないんだが?」


 とはいえ、友梨佳はそそくさと写真の準備を始めていた。

 高性能なカメラとかではなく、スマホでの撮影だ。とはいえ、最近のスマホはかなり発達しているからな。


 そこらの安いカメラよりよっぽど良い写真が撮れるものだ。

 ……どうやら、断っても無駄なようである。友梨佳の両目がたいそう嬉しそうに輝いていたので、俺は仕方なく彼女と並んだ。


 「うーん」、と友梨佳が腕を伸ばして何度か内側カメラで撮影したが、うまくいかないようだ。


「……雄一が撮って」

「……なんで俺が自分の黒歴史を残す手伝いしないといけないんだか」

「撮って」

「わーったよ」


 俺は彼女のスマホを借り、それからカメラを使って撮影する。

 何枚かとると、満足そうに友梨佳はスマホをしまった。


「これ、待ち受けにする」

「……おい、馬鹿、やめろ」

「大丈夫。誰も雄一だとは思わない」


 ……そういう問題じゃないんだが。

 だが、すでに友梨佳は満足そうだった。俺も深く気にする人間ではないので、諦めた。


 改めてシャワーへと向かった。


「雄一、タオルとか準備しておくから」

「了解」


 それだけ返事を返して、俺はすぐに浴室へと向かう。服を着替え、シャワーを浴びる。

 まったく、化粧なんてしやがったせいで、落とすのが面倒だ。

 シャワーを浴びていると、なんだかちょっと外でがさがさと音がする。


 タオルを持ってきてくれたのだろう。そんな程度に考えていたのだが、浴室が開けられた。


「お待たせ」

「いや、待ってないんだが?」


 友梨佳が浴室をあけ、中へと入ってきた。彼女は水着に身を通していた。

 健康的な肢体がさらされ、俺は視線を僅かに外した。


「どう?」

「洗い物が増えたんじゃないか?」

「それは別に大丈夫。洗濯機に放り込めばすべてやってくれるから」


 乾燥機付きだったな、そういえば。そうではなくて。

 後ろ手で彼女は浴室の扉を閉める。……この浴室、滅茶苦茶広いので二人くらい入ってもなんら問題はない。


 なんなら、一家族くらいなら普通に入れるんじゃないだろうかというサイズだった。


 ……それにしても、さすがに人気な歌姫だけはある。体つきはかなりしっかりしている。日ごろから運動をしっかりしていることもあり、無駄な肉が一切ない。


 俺だからよかったが、世の男性ならば速攻で襲い掛かっているのではないだろうか? そんな迫力があった。


「体、洗ってあげる」

「いや、別に大丈夫だ」

「いいから」


 そういって彼女は無理やりに体を寄せてきた。

 さすがにシャワー室で力任せに逃げるようなことはできない。


「……わかったよ。それじゃあ背中側だけお願いしてもいいか?」

「うん、任せて」


 そのくらいやらせれば満足するだろう。

 俺がそういうと、友梨佳は嬉しそうに笑って俺の背中を洗い始める。少しくすぐるような動きだ。


「……服を着ているときは全然わからなかったけど、やっぱりかなり鍛えられている」

「そうか?」

「うん……この体、私好き」

「そいつはどうも」

「ボディーガードはしないって言っていたけど、まだ鍛えていたの?」

「日課みたいなものだからな。それに運動自体は悪いことじゃない」

「なるほど、もしかしたら潜在的に私のボディーガードをやりたかったのかもしれない」

「ねぇな、そりゃ」

「ううん、きっとある」


 なんてポジティブな奴だ。

 俺は背中を洗ってもらっていると、友梨佳が前の方に回ろうとしてきたので、腕をつかんだ。


「背中だけでいいって言ったろ」

「でも、中途半端」

「たまには中途半端に生きてもいいんじゃないか?」

「私、最後までやり切るタイプ」

「知っているが今はいいだろ」


 そのまま、彼女をとんと離すように押すと、友梨佳は不満げに頬を膨らます。

 俺が体を洗い終えたあと、彼女と場所を入れ替わる。


「そういうなら、俺が全身洗ってやろう」

「うん、お願い」

「いや、恥ずかしがれや」

「今更私と雄一の仲で恥ずかしがる必要ある?」

「何の仲もないぞ?」


 友梨佳相手にこういうことは通用しない。俺は浴室から逃げ出した。

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