第33話
美月はじっと俺の顔を見てきた。
「……やっぱりセンパイって顔整ってますよね。学校では……どうなんですか? やっぱり、モテちゃってるんですか?」
「こんだけ地味な格好して、前髪で顔まで隠してモテると思うか?」
「でも、分かる人には分かっちゃうと思いますし……どうなんですか?」
「今のところ、そういう話はねぇよ。むしろ、陰キャ、オタクと馬鹿にされているくらいだ」
「そうなんですか。それは良かったです」
「え、ドSか?」
「ち、違います……だって、センパイに近づく女がいないってことじゃないですか。つまり、私の独壇場ということになりますからね」
「勝手に独り占めしないでくれる? 俺の意思もあるんだが?」
「……ゆ、友梨佳さんですか?」
「目のハイライト消すのもやめてね。あいつともおまえとも、ただの幼馴染だって」
俺は平和で平穏に暮らしたいのだ。本来、美月とは関わりたくない。
決して、彼女が嫌いとかではなく、そういう派手な世界の人と距離を置きたい。そういうわけだ。
と、ぴたりと化粧道具を持つ手が止まった。
「……センパイ、確認したいことがあるんです」
「どうした?」
「……友梨佳さんとは、どこまでいっちゃったんですか?」
「どこまでって……ただの幼馴染だぞ」
「……本当に、そうなんですか? でも、センパイ嫌がっていた仕事の依頼を受けたんですよね?」
じっと、彼女はこちらを見てくる。
俺は首を振った。
「ただの、は間違いかもな。親しい幼馴染なんだ。……だから、困っているのなら手を貸したいと思った」
「……困っていた、からですか」
「ああ。それはおまえも同じだ。困っているなら、助けてやるって話だ。面倒臭いけど、幼馴染なんだからな。困ったことがあれば相談には乗る。……ま、引き受けるかどうかは別問題だがな」
最後にそう付け足したのは……なんでもかんでも頼られては困るからだ。
……まあ、頼られればなるべく力になるつもりではあるが。
不安そうだった美月の肩を軽くたたくと、彼女は頬を赤らめて視線を下に向けた。
それから、嬉しそうに笑った。
「……そうなんですね。やっぱり……センパイは優しいですね」
「優しい……というか。おまえも友梨佳も俺はただの友人、あるいは幼馴染として接しているだけだ。そういう相手の相談くらいは乗るってわけだ。優しいってわけじゃないだろ?」
「優しいですよそれは。……だから、その、ちょっとすみません」
美月はぎゅっと俺のほうに抱きついてきた。
友梨佳のとき以上の柔らかさに驚き、美月を見る。
「いきなりなんだ……っ?」
「……友梨佳さんがセンパイに抱きついた場面を見た私の心はどうなったと思いますか?」
「……どうなったんだ?」
「もう、嫉妬に狂っちゃいました。私、最近全然センパイに会えていなかったのに、あの女狐め……と」
「……そ、そうなんだな」
「だから、これで上書きです。今、センパイの胸のぬくもりは私のものですからね」
美月はそういって満足げに俺から離れた。それから、再び化粧を開始する。
「センパイ、動かないでくださいね」
「……じっとしているのも楽じゃないんだがな」
しばらく、美月に付き合っていると……ようやく化粧が終わった。
「……うん、やっぱりカワイイですね。すらっと身長もあって、手足長いですからまるでモデルみたいです」
感動した様子で美月が声をあげている。まったくもって、喜べないのは俺だけか?
そりゃあ、俺の趣味が女装ならば、喜ぶのだろうが、別に俺にその趣味はないからな……。
立ち上がった俺は、鏡を見ないようにしながら、服を探しに行く。
といっても、女性ものの服なんてマネージャーにもらったスーツしかない。……でも、だるいな。
スーツを着たことがある人ならわかると思うが、そう毎日着たいものじゃない。
「さすがにスーツを着るのはだるいから、私服でもいいよな?」
「いいと思います。むしろ私服がいいかもしれませんね」
「なんでだよ。男物しかないぞ?」
「それがいいんです。女性ものの服だとサイズが合わないから……という妄想が膨らみますから」
……こいつは時々よくわからないことを口走るものだ。
適当な私服に身を包むと、美月はいよいよ嬉しそうに目を細めた。
「それじゃあ、一緒に写真撮ってくれませんか?」
「……おまえもか」
その言い方が悪かった。また、美月の目から色が抜け落ちた気がした。
「……待ってください。おまえもか、ということは友梨佳さんとも撮ったんですか?」
「……まあな」
「何枚ですか?」
「……五枚くらい?」
「じゃあ、それより撮ります」
「いや、そこでムキになるなよ……」
「なります。友梨佳さんと経験したもの全部、私との思い出で塗り替えますから」
……むきーっと美月は頬を膨らました。
……こいつ、結構面倒な性格しているよな。
その後、軽い撮影会をしてから、俺たちは家を出た。
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