第31話


 俺が払うように手を動かしていると、電話越しから渋い声が聞こえた。


『……少し、問題があってね』

「……なんですか?」

『これは、美月は決して言わないと思う。だから、オレから伝えておこう……最近、美月はストーキングを受けているようでな』

「……はぁ」


 美月に聞かれないよう、俺はあいまいな返事をする。すると、美月の父が苦笑した。


『さすが、状況の判断が早いね。美月には気づかれないようにしてくれ。……とにかく、その被害があるようでね。キミの父に相談したんだ』

「そうなんですね。それで……?」


 一応親父の仕事は探偵だからな。ストーカーとかの調査は得意だ。


『確かにストーカー、らしい人物はいるようだ。だが、確証が持てない状況が続いてな。それでも、美月はやはり……不安そうでね。決して顔には出さないのだが、まあそこが可愛くもあるんだが……』

「親バカはいいですから……わかりましたよ。しばらく、面倒見ますよ……」


 ……美月のことは嫌いじゃないからな。

 何か悩みがあって、俺でどうにかできるなら助けてやりたい。

 あくまで、幼馴染、としてな。


『助かるよ。報酬に関してはあとでキミの父に相談して支払うつもりだ』

「ええ、好きにしてください」

『それじゃあ、頼むよ。……ああ、それと。娘に何かしたら――』


 わかってる、殺すとかそんなところだろ?


『したときはきちんと言うんだ。式をあげるから』

「……しませんから」

『なんだと! 娘に魅力がないというのか!』

「電話、美月に返します」


 俺は頬を引きつらせ、もう用件は済んだと思うので電話を美月に渡した。

 美月が受け取り、耳に電話を当てる。


「はい、気を付けまーす。それではまた今度……おやすみなさい」

 

 最後にそういって、彼女は微笑んで電話を切った。


「センパイ、親公認の仲ですね」


 美月は頬を赤らめ、手を組みながら言ってきた。


「俺の親は認めていないがな」

「えぇー、言ったら大丈夫じゃないですか? 『いいよ』、と言ってくれそうですよ」

「俺の親父を舐めるなよ? 息子はやらん! って言ってくれるさ!」


 俺がそういうと、美月は考えるような仕草の後、電話を耳に当てた。


「あっ、お久しぶりです、美月です。あっ、雄一センパイとけ、結婚してもいいですか? あっ、本人の同意があればいいんですね、わかりました」

「おい、親父!」


 俺が慌てて彼女から電話を奪い取ると、親父の楽しそうな声が聞こえた。


『おう、久しぶりだな、馬鹿息子! 相変わらず、色々やってるみてぇじゃねぇか? 聞いたぜ、土日のイベントよぉ――』


 俺は電話を切って、美月に渡した。彼女は嬉しそうに目を細め、俺の腕を掴んできた。


「……おまえ、なんか今日はやけに積極的だな?」


 ……美月は基本控えめな性格だ。

 こんな風に身体的接触をしてくることは少ない。

 今だって顔が赤く染まっていることから、こういったことに慣れていないのがわかる。


「だ、だって……友梨佳さんに取られたくないですから……。せ、センパイはこういう積極的な人が好きなんですよね?」

「いや、別にそういうことはないが」

「では……控えめのほうがいいですか?」

「ああ、そうだな」

「控えめにしていたら……お、襲ってくれますか?」

「いやいや。控えめな子にそんなことはしないって」

「……じゃあ、やっぱりがつがつ行かせてください」


 そういって、彼女は頬を赤くして俺の腕に抱きついてきた。

 柔らかな胸が当たる。これで高校一年生か……。友梨佳がぎろりと脳内で睨んできたので、下世話な思考は捨て去った。


「これから夕食を買いにいくつもりだったんだが……どうする? どこかで食うか?」

「外で食べるのはさすがに。一応今変装しているとはいえ、このまま外で食べるのはちょっと……」


 美月は確かに、普段は茶髪なのに今は黒髪だった。カツラでも被っているのだろう。マスクをつけ、伊達メガネをかけているため、よっぽどの人でなければ美月だとは分からないだろう。


「そうか。そんじゃ、俺がスーパーに買い物行くから、家で待ってろ」

「いえいえ、大丈夫です! センパイも変装すれば問題ありませんから!」

「あぁ?」

「土曜日のニュース見たんです。これ、センパイですよね?」


 そういって、彼女はすっとスマホの画面を見せつけてきた。

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