第30話


 なんでこんなところにいるんだよ……。そう思い、俺がラインを開いてみると……美月からの連絡がいくつも届いていた。

 

『今日の収録スタジオ、センパイのアパート近くなんで、帰りに寄らせてください』

『センパイ。今日遊びに行きますからね』

『センパイ。今週はセンパイの家から通ったほうが近い仕事場が多いので、今週は拠点にさせてもらいますね』

『あと十分以内に返事がなかったら、泊まりますから』


 ……とっくに、十分など過ぎている。

 こういうときは居留守に限る。だが、ピンピンピンポン、とドアホンが鳴りまくる。


『ライン見ましたよね? いるのは分かっています。このドアを開けてください』


 なんだこいつ、取り立てかよ……。

 がんがん、とドアをノックしてくる美月にため息を吐いた。


 天笠美月。……彼女は生まれながらの声優だ。


 美月の家は、家族そろって有名な声優だ。

 今だってバリバリに活躍していて、それこそオタク向けじゃないアニメにもたくさん出ているような人たちだ。


 俺の親父が美月の両親とは親しかった。

 家族同士の絡みもあって、俺と美月も小さい頃からちょくちょく顔を合わせていた。

 ……それから、今も交流が続いているというわけだ。


『もう、センパイ。出てきてくれないなら、ここで歌いますよ?』

「……やめろ」


 俺はすぐさま玄関へと向かい、扉を開ける。

 扉を開けると、小さなカバンを肩から背負った美月がいた。

 ……学校の帰りなのだろう。彼女は高校の制服に身を包んでいた。


「センパイ。こんばんは……なんだか疲れた顔していますね」

「そりゃあ、いきなり押しかけられたらな……。それで、なんだ? 泊めてほしいって話か?」


 回りくどいのはなしだ。


「はい、そうなんです。……次の仕事、ここから通わせてもらったほうが近いので、ダメですか?」

「そりゃあな。知っているか? おまえはまだ高校一年生だ。つまり、未成年だ」

「もう、結婚できますよ?」

「18歳未満は未成年なんだよ。未成年を家に泊める場合、保護監督者……つまりはまあ、おまえの親の承諾がないとダメなんだよ。本人がいくらいっても、おまえはまだ親の庇護下にある。つまり、まあ俺を犯罪者にしたくなかったら諦めてくれってわけだ。じゃあな」

「いや、高校生同士で泊まるくらい……普通じゃないですか?」

「同性なら、な。異性はダメだろ」


 俺が扉を閉めようとすると、ぐいっと足を突っ込んできた。なんだこいつ、面倒なセールスかよ……。


「それじゃあ、パパの承諾があればいいんですね?」

「……いや、あっても家主が嫌がるというパターンがあるが――」

「あっ、パパ? ちょっと聞きたいんだけど、今日友達の家に泊まってくね? え? 友達? あー、うん。雄一センパイです。え? 代わってほしいですか? はい」


 甘えた声をあげていた美月がニコニコと笑顔で電話をこちらに渡してきた。

 ……いや、出たくないんだけど。


「……俺出た方がいいのか?」

「はい。パパから、センパイに挨拶したいそうです」

「勘違いされるようなことを言わないでくれるか……?」

「あはっ、勘違いじゃないかもしれませんよ」


 少し恥ずかしそうにしながらも、美月は笑みを浮かべる。

 そんな彼女からスマホを受け取り、耳に当てる。

 しばらくして、渋い声が聞こえた。


『雄一くんか、久しぶりだな』

「……そう、ですね」

『そうだな。さて、そこで美月を家に泊めるという話なのだが』

「いや、その俺は泊める気はなくてですね。勝手に彼女がやってきただけなので、いますぐ御宅の方まで送らせていただきます、はい」

「えぇ、センパイ。泊めてください」


 美月は体を寄せてきて、スマホを当てている耳とは逆側で囁いてくる。

 ええい、うっとうしい!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る