第23話


 下手したら全国に俺の姿がさらされることになるだろう。

 そのことに愕然としている間に握手会が始まった。

 俺たちマネージャーは少し離れたところでその様子を見守っていた。


 友梨佳の近くでは警備員が二名いる。そしてイベントスタッフたちも待機している。

 一人は時間を計測するための人が、そして時間が過ぎた後にそれらを引きはがすためのスタッフも待機している。


 そして、近くではカメラも動いているのだ。この状況で何かしでかす奴は、相当な人間だろう。


 友梨佳は緊張しているのか、握手を何度かすると、一度飲み物を補給していた。手元のコップを掴み、ごくごくと飲んでいる。


 そのコップに飲み物を補給するのはイベントスタッフの仕事で、俺の近くにいたスタッフが補給へと向かって動き出す。


 第一部の握手会が終わり、休憩の後第二部が行われた。

 第一部の時よりは多少ファンも落ち着き、スムーズに進行していく。……第一部のファンは本当にガチ勢ばかりだったからな。


 熱狂的なファンが大量の握手券を差し出しているのを見て、驚いてしまった。


 それだけの人に好かれる友梨佳は凄まじいな。

 ……友梨佳の歌だけではなく、友梨佳の人柄も好かれている理由なのかもしれない。


 と、その時だった――。俺はじっと列に並ぶ一人の男が気になった。

 ……他の人間と比べると、雰囲気が変だった。


「……あの人の持ち物検査はもちろんしたよな?」

「ええ、全員していますが」

「あの人、警戒しておいたほうがいい」

「どうして、でしょうか」


 俺が突然そういったからか、マネージャーの表情が引き締まった。


「一歩、近づくたびに表情に変化があるんだ。何か堂々としているのも変だ」

「……握手会に参加するのが初めてだから、とかではなくてですか?」

「ほかの人を見れば緊張の違いがよく分かるんだ。……並んでいる人たちは、みんな髪など外見を気にしているような動きをしている。それは、友梨佳によく見られたいという緊張から来るものだとわかる。ただ、あの男だけは何度も拳を開いては、閉じてを繰り返しているだけだ。あれは、何か緊張や不安を抱いているときにやることの多い仕草だ。それも、彼のどこか覚悟を決めたような目――それが、不気味だ」

「……わかりました。念のため、警備員に無線を飛ばしておきます」


 マネージャーが無線を掴み、警備員に連絡をする。それを眺めながら、俺は近くのスタッフに声をかけた。


「ペットボトル貸してください。次の補給は私が行きます」

「あっ、はい……」


 すっとこちらに見とれた様子で差し出してきたので、微笑んで受け取る。


「ありがとうございます」


 俺はすぐにペットボトルを持って、握手会の近くに歩いていく。

 例の男の握手会が始まるのに合わせるように、だ。


 こういうことがあるかもしれないため、飲み物に関してはこちらで途中で差し入れするということになっていた。怪しい人物のときに、わざと飲み物補給するという名目で、俺かマネージャーさんが行くことになっていた。


 この握手会の中で、もっとも近づけるのがこの立場だからな。


 俺がペットボトルを持って友梨佳に近づくのと、例の男の番になるのはほぼ同時だった。

 その男が終わるまで、俺は傍らで控えていられるようにした。


 友梨佳はすっと男に手を差し出した。


「今日は来てくれてありがとう」

「……」

「どちらから来たの?」


 友梨佳が質問を重ねるが、男は何も言わない。

 そして、次の瞬間だった。

 男が目を見開き、拳を振り上げた。同時、友梨佳の掴んでいた手首をぎゅっと引っ張った。


「お、おまえが出てきたせいで……僕の大好きだったアンたんが一位をとれなくなったんだ――!!」

「え……?」


 驚いたような顔で、友梨佳は男を見ていた。

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