第24話


 友梨佳は一瞬で状況が最悪なものになったのを理解したのだろう。顔が真っ青になっていた。

 周囲の人が慌てて止めようと動き出すが、男の動きに割り込める人間は、周りにはいなかった。


 男の拳が友梨佳へと振り下ろされる。

 この中で一番早く動けるのが俺だった。もっとも、近かった俺が、彼の拳を片手で受け止めた。

 ……まったく力のない拳だ。力を入れるまでもなく、受け止められた。


「……なっ!?」


 驚いていた彼の手首を叩き、友梨佳の手首から引きはがす。

 短い悲鳴をあげて男はよろめく。俺はテーブルを支えに身を乗り出し、男へと飛びつく。

 その体を押し倒し、床に押さえつけた。あくまで、怪我をさせないようにだ。過剰防衛で訴えられたら敵わないからな。


「……ぐう!?」


 倒れた男が逃げ出そうと体を動かしたが、ぐっと関節をきめてやると、彼は顔をしかめた。

 怪我をしてほどこうとするような覚悟はないようで、すぐに大人しくなった。


 遅れて警備員が俺の近くに立ったので、俺は男を警備員に任せた。 

 軽く息を吐きながら、肩を回す。久しぶりにこういった実戦での動きをしたが……少し鈍っていたかもな。


 別に俺はあくまでマネージャー補助でいるんだから構わないか。


 周囲は静けさから一転、騒然としていた。

 撮影を行っていた記者たちは、パシャパシャとシャッターを切りまくっていた。


 ファンたちの心配するような声と、驚きの入り混じった声もそれに混ざり、スタッフたちが慌てて皆の混乱を押さえるように動き出した。


 こういうときの対応マニュアルとかもあるんだろうなーと思いながら、俺は友梨佳に近づいた。


 マスコミたちはカメラを友梨佳に向けていた。友梨佳の心配より先に、ネタの確保ってところだろうか。

 それが彼らの仕事なのは分かっているが、俺を一緒に映すのはマジで勘弁してください……。


 未だ怯えた様子の友梨佳のほうに、ペットボトルを近づけた。

 友梨佳は驚いたように目を見開いていた。とんとん、と肩を叩く。


「落ち着いてください友梨佳。深呼吸して、それから飲み物を飲めば大丈夫ですよ」


 俺が微笑みかけてペットボトルを差し出すと、友梨佳はぎゅっと目に涙をためて、俺のほうに飛びついてきた。


 ぎゅっと柔らかな感触が体を襲う。俺は何とかペットボトルを落とさないようにしながら、一歩足を引いて彼女を受け止める。


 俺の胸に飛び込んできた友梨佳を受け止め、その背中を片手で叩きながら、俺は耳打ちする。


「お、おい……さすがにこれはまずいだろ……っ」


 近くには大量のファンがいるのだ。

 だが、友梨佳はよっぽど気が動転していたようで、俺にくっついて離れてくれない。

 俺は焦って周囲へと視線を向ける。


 騒がしい周囲の声に混ざるように、ファンの声が響き始めた。


「……あ、あの友梨佳ちゃんが抱き着いている人――」

「滅茶苦茶綺麗だ……」

「り、リアルでお、女の子同士のこんな濃厚なシーンが見られるなんて……はぁ、はぁ……」

「美しいのだ……」


 ……マジかよ。女装大正解かよ……。

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