第25話


 一度握手会は中断し、友梨佳を控室まで連れていく。

 最悪の場合は、握手会自体の中止もあるだろうな。


 控室で休んでいる友梨佳は今もペットボトルに口をつけていた。

 表情は、襲われたときに比べれば随分と落ち着いている。とはいえ、まったく後遺症がないということもないだろう。


「友梨佳、どうするんだ? やめるなら早めに言った方がいいんじゃないか?」


 イベント会社の仕事もあるだろう。

 俺がそういうと、友梨佳はペットボトルをぎゅっと握った。


「やめてもいいと思う?」

「俺は別に友梨佳の熱心なファンじゃないからな。俺個人としては、やめてくれればあとはマンションで一緒にいるだけで済むからぜひともやめてくれると助かる」

「雄一はそういうところ、ほんと素直」

「自分に素直になって生きなきゃつまらないだろ? やりたいことをやって生きるんだ。だから、俺は平和で平穏な生活を送りたい」


 今回だって犯人があれほど貧弱だったからよかったが、これがもっとやばい奴だったら大変だった。


 それに、仕事は物理的な部分だけではないのだ。例えば、差し入れに使っているこのペットボトルもすべて俺は毒見をしている。


 もちろん、友梨佳の許可をもらった上でな。

 こんな大変な仕事を将来の仕事としては絶対にやれないな。ペットボトルをぎゅっと握った友梨佳は、それから息を吐いて――。


「握手会、やる」


 覚悟を決めた目で、彼女は言っていた。


「えー、めんどくさ」


 俺が言うと、友梨佳はくすりと微笑み、こちらの手を掴んできた。


「さっき、別に怪我してないよね?」

「ああ。あのくらいの雑魚なら百人来ても問題ねぇよ」

「うん……だから、やれる。雄一がいて守ってくれるんだよね?」


 悪戯っぽく微笑んだ彼女に俺は肩を竦める。


「俺はマネージャーの補助だぞ? 警備員に任せてくれ」

「でも、いざってときは?」

「ボディーガードじゃない。友人としては助けてやるよ」

「……ありがと。それに、ここで中止なんてしたら……負けたのと同じだから嫌」

「負けた、か。確かにそうだな」


 さっきの犯人は、何か別に推している歌手がいたようだった。その歌手のために、友梨佳に危害を加えようとしている……ような様子だった。

 

「どんな人にもアンチっている。そんなの気にしていたら、私はここにいられない」

「まあ、そりゃあそうだよな。アンチの言葉なんて気にしたって意味ねぇしな。毒にしかならないんだし」

「私は歌を歌うのが好き。私の込めた想いを、私の声で多くの人に届けたい。……だから、歌を否定されたわけでもないのに自分からやめるなんて言いたくない。……負けたくなんてない」


 友梨佳の決意は固まったようだ。


「それじゃあまずは衣装を整えてもらってこい。少し崩れているからな」

「……うん、ありがと」

「別に。今日と明日はおまえのマネージャーだからな」


 俺は彼女を案内するように控室の出口へと向かう。


「安心しろ。おまえには指一本触れさせやしないからな」

「それじゃ握手会できない」


 冗談めかして笑う彼女に、俺も同じ調子で返した。


「悪意のある接触はさせない。これなら大丈夫か?」

「うん、大丈夫」


 にこっと、友梨佳はこれまでで一番の笑顔を浮かべてみせた。

 

 友梨佳は……本当に芯の強い子だ。

 俺はそんな彼女を見て嬉しく思いながら、彼女をメイク係の元まで案内した。

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