第45話


 管理人の部屋で仕込みを終えた俺は、それからすぐに、美月が収録を行っている近くまで来ていた。


 そして、周囲の捜索を行っていると……


「――見つけた」


 画像と合致するストーカー男を発見できた。

 周りに溶け込むような普通の格好をしていた彼は、近くのファミレスで食事をしていた。


 そのファミレスは二階にあり、窓際の席からはちょうど美月がいるスタジオを一望することができた。

 なるほどな。俺もそこでしばらく時間を潰し、彼を観察していた。

 ……至って普通な中年男性だな。


 それこそ少し冴えない男、といったところだった。

 俺は軽くオレンジジュースを口に運びながら、適当に食事をして時間を潰す。

 そろそろ、収録が終わる19時になる。スマホが鳴ったので、俺は席を立ってスタジオの入り口へと向かった。


 ラインを送り返すと、ちょうど自動扉が開き、変装をした美月が動いた。

 俺は気づかれない程度にファミレスの窓際の席を見ていると、中年男性が慌てた様子で動き出したのが分かった。

 彼が来るまでの時間を潰すため、美月を見ると、彼女は嬉しそうな声をあげた。

 

「もう、センパイ。寂しくなって会いに来てくれたんですか」

「ま、そんなところだな」

「え? ……ほ、本当ですか?」

「半分くらいはな」


 冗談めかして笑うと、美月はジトーっとこちらを見てきた。


「何だ?」

「半分じゃなくて、全部にしてくれませんか?」

「それはさすがにないな。それで? どうやってカラオケには行くんだ?」

「むぅ……元々はタクシーで向かおうと思っていましたけど、センパイが来たのなら電車でもいいですかね? ここまで変装していると、声を出さなければ気づかれませんので」


 確かに今の彼女はカツラに、マスクに、眼鏡で完璧な地味女子と化していた。


「分かった。そんじゃ電車に向かうか」


 電車ならば、ストーカーくんも追ってきやすいだろう。

 ストーカーは、驚いた様子で俺たちの後を追いかけてきていた。 

 時々俺は気づかれない程度にそちらを見る。雑な尾行だな。親父に指導させてやりたいものだ。


 電車に乗ると、少し人が多かった。俺と美月はくっつくようにして電車に乗りこむ。

 電車が激しく揺れ、俺は美月に抱きつくようによろめいてしまった。

 そうすると、美月は少し頬を赤らめ、俺の耳元で囁いてくる。


「……センパイ。な、なんだかどきどきしませんか?」

「昨日も散々くっついていただろ?」


 俺はわざと、近くにいたストーカー男に聞こえるようにそう言った。

 彼は一瞬だけこちらを見たが、それは本当に一瞬だった。……バレないようにしているつもりなのだろうが、バレバレだな。


「き、昨日も……そうでしたけど、今は状況が違うんですよ……。外でこうやってくっついているの、なんだか興奮しませんか?」

「変態かよ」

「へ、変態ではありません」


 顔を赤くして抗議してくる美月に苦笑する。

 しばらくして目的の駅についたので、俺たちは電車を降りた。

 階段をおり、改札口を出たところで、俺はすっと美月の手を掴んだ。


「うえ!?」

「人も多いんだし、迷子にならないように手を繋いでいくぞ」


 美月は少し頬を赤らめ、それから素直に頷いた。


「……き、今日のセンパイ、積極的ですね」

「たまにはいいだろ?」

「……もしかして、そんなに今日一日私がいないのが寂しかったんですか?」

「どうだろうな」


 言葉を濁しつつ、俺は美月とともに目的のカラオケへと向かった。

 ストーカー男は恐らく、近くの店で待機しているだろうな。

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