第15話


 潜入調査、とまでは言わないが、変装できる力というのは便利だ。

 とりあえず俺が泊まれるように荷物をまとめるため、まずは自室に入った。


「それじゃ、私が雄一のお泊りセットをまとめる」

「……ああ、任せた」

「うん。あっ、パンツ」

「おい、当たり前のように鼻に持っていくな」

「失敬。癖で」

「嫌な癖ついてんな……」


 マネージャーも慣れたものだ。俺は椅子に座り、すぐにマネージャーの手によって化粧が始まった。


「うん……やっぱり、かなり似合いますね……是非とも今度、一緒にコスプレしたいですね」

「俺はしたくないですね」

「どうでしょうか? 一緒にやりませんか?」

「聞いていますか人の話?」

「色々女装キャラクターというのはいますからね。ネタには困りませんよ?」

「誰も先々の心配はしてないです」


 そういえば、友梨佳のマネージャーはコスプレが好きだったな。

 絶対、コスプレなんてしないそう思いながら、マネージャーの化粧を受けていく。

 

 ちらと横目で見ると、友梨佳は鞄に服を詰めている。


「おい、入れる前に毎回臭いを嗅ぐんじゃない。変態かおまえは?」

「変態じゃない。好きな人の匂いを嗅ぐのは正しい行動」

「んなわけねぇだろ!」

「雄一さん、あまりしゃべらないでください。化粧がやりにくいですから」

「……あなたのところの歌手、ちょっと頭のネジ飛んでいるんでどうにかできませんか?」

「安心してください。人というのは多少ネジが飛んでいても人気が出るものなんです」

「嫌な世の中だ……」


 俺の味方はここにはいない。俺が黙ってマネージャーの化粧を受けていると、


「ちょうど髪が長くて助かりました。このまま、ヘアピンでとめて――凄い……っ! やっぱり、似合う……! これなら『女装の森』のキャラクターのコスプレもいける……っ! 絶対今度やらせないと……っ!」


 マネージャーが興奮した声をあげる。

 俺は自分の顔がどんどん変わっていくのにため息をついた。

 別に普段から女々しい顔じゃないのだ。あくまで、この現代の化粧道具や技術が凄まじいだけだ。

 もはや、化粧というか、特殊メイクみたいなもんだと思っている。


「それではこちらのスカートをはいてください」

「別に普通にズボンでいいじゃないですか!」

「いえいえ、スカートのほうが似合いますし……それに、ほら太ももにこうナイフなどを装備しているのがいいじゃないですか」

「んなもん装備したら俺が捕まります!」


 マネージャーはささっとスカートをこちらに向けてくる。

 俺が逃げようとすると、背後から友梨佳が肩を掴んできた。


「そっちのほうがいいと思う」

「……いいと思うじゃねぇよ」

「……いいから、ほら。履いて、護衛として雇った意味がない」

「おまえ、まさか俺を着せ替え人形にしたくて雇ったのか?」

「別にそんなことはちょっとしか考えていない」

「贅沢な金の使い方だな!」

「大丈夫、経費で落ちるから」

「人に女装させるのでかよ!?」

「うん、私の精神安定剤として必要だから」


 嫌な経費の落とし方だ……。

 俺はもうヤケクソだった。すぐに服を着替えてやった。

 

「これでどうだよ」


 俺が睨みつけるように二人を見ると、二人は顔を見合わせ、満足気である。


「仕事に入るときはもっと愛想よく笑ってください」

「……わーってます。今だけですよ」

「それなら、構いません。それでは友梨佳の家まで向かいましょうか」


 ……ああ、くそ。

 俺は必要最低限の道具をカバンに詰め、アパートを出た。

 もう一度車に乗りこむと、運転手の老人がにこりと微笑んだ。


「大変お似合いです。まるで姉妹のようです」

「……嬉しくねぇなおい」


 運転手に愚痴をこぼしながら、俺は車へと乗りこんだ。

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