第14話

 車は俺のアパート前に止まった。


「それじゃあ、送ってくれてありがとな」


 俺の家であるアパートの前に車が止まった。目の前には結構おんぼろなアパートがあった。俺が暮らしているアパートだ。一人暮らしならこのくらいは普通だろう。

 俺が車から降りると、すっと友梨佳も下りてくる。


「見送りか? 別にいいぞ?」


 さっきの話は忘れるように速やかに扉を閉めようとするが、友梨佳が下りてきた。


「仕事」


 なにがだ? 友梨佳は車の後ろに回ると、運転手が下りてきて、無言でキャリーケースを取り出した。

 そして、片手で持って俺のアパートまで歩き始めたので、肩を掴む。


「……ここから徒歩でどこか行くのか? 電車に乗るなら、そこまでは車で送ってもらったほうがいいと思うが」

「不束者ですが、よろしくお願いします」

「マネージャー! どうなってんですか!」


 俺が怒鳴りつけると、マネージャーも車から降りてきて、胸元からスケジュール帳を取り出した。


「私生活までカバーできる人間が必要だと思いまして、今のような形になりました」

「どういうこと!? 何も分からない!」

「私も一応、会社員ですので。最近は働き方改革などということで、私の勤務時間を減らすように言われていまして。すみませんが、家庭での面倒を見てあげてください」

「い、いや……それこそ俺だって相当の給料を支払ってもらうことになりますよ?」

「カップルの間にお金の支払いは必要でしょうか?」

「カップルじゃねえんですけど!」


 俺が叫ぶと、友梨佳が涙を目尻に溜める。


「カップルじゃ、ないの?」

「おい、ウソ泣きしてんじゃねぇぞ」

「ウソ泣き、じゃない……。私、雄一にあんなことやこんなことされた……あれは全部嘘だったの」

「どんなことだ?」

「それはもちろん、身体的接触などなど」

「俺はおまえの手を握ったことくらいしかないんだが? 他に何かあるのか?」

「……」


 友梨佳は腕を組んでから、俺の手首をついついと引っ張った。


「選択肢は二つある。私がここで暮らすか、雄一が私の家で暮らすか。どっちがいい?」


 流しやがった。


「……究極の二択だな、おい。……つまりマネージャーさん。簡単に言うと、友梨佳が家でも甘えモードを出すから、その面倒を見てくださいっていう仕事なんですよね……?」


 ちらとマネージャーを見ると、こくりと頷く。

 マネージャー補助、というのはそういうことなのね。


「はい、そうですね。それとやはり狙われることがありますから、ボディーガード的なことも多少はたしてもらうかもしれませんね」

「まあ、別に狙われていないのなら特に何もないと思いますけど……でも、家での面倒を見るのはまずいだろ? 俺は男だぞ」

「だから、今回の依頼は雄一に出した」

「……」


 俺は今すぐに逃げ出そうとした。友梨佳と美月の俺の中学時代の変装について話していたのを思い出したからだ。

 しかし、その先をマネージャーが塞ぎ、そして友梨佳が背後から抱き着いてきた。


「離せ! 嫌だ! 社会的に死にたくない!」

「大丈夫、似合ってるから」

「似合っているのが気にくわないんだよ!」


 マネージャーがこちらへとやってきて、頭を下げた。


「お願いします、雄一さん。今回、友梨佳の甘えモード支援に関しては、一時間一万円の支払いを考えています」

「……時給一万だと?」


 滅茶苦茶高額だった。

 俺の親父は危険な仕事で一時間一万円からで引き受けることがあるからだ。

 ……友梨佳が寝てしまえば、あとは別にやることもないからな。


「……期間は?」

「今日から日曜日までの間をお願いします。また、土曜日、日曜日に関しては一日拘束することになると考えていただければと思います。二日ともに、握手会を行いますので。こちらも一時間一万円の予定となっております」

「……言っておくが、あくまでマネージャーの補助でいいんだよな?」

「はい。それもどちらかといいますと、友梨佳の身近の世話をする使用人、という感覚で良いと思います。身近なお世話をお願いします」

「……ああ」

「身近な世話、色々頼みたい」


 友梨佳の言葉は聞こえなかったことにしよう。

 ボディーガードじゃないなら別にいいか。

 友梨佳をちらと見ると、彼女は大変楽しそうな顔で俺を見ている。俺を信用してくれているのは確かだった。


「分かったよ、引き受けてやる。泊まる家は友梨佳の家で、頼む」

「ありがとうございます。それでは早速化粧の方を行いますね」

「……あぁ」


 死にそうなため息をついて、俺はマネージャーと友梨佳とともに部屋まで連れていかれる。

 ……俺が父のもとを離れた最大の理由――それは、俺がある程度変装可能な顔だちだったからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る