第13話




 まったく……こんな依頼を頼まれるとは思っていなかったな。

 別に断ってもいいのだが、友梨佳に不安そうな顔をされると断りにくいんだよなぁ……。

 そんなことを考えていると、友梨佳がそっと腕に抱きついてきた。


「……どうした?」

「寂しかった。最近まったく会えていなかったから」

「おかしいぞ? 昨日まで散々俺の部屋に来ていたのは誰だったんだ?」

「一日も会えていない」

「そりゃあ最近まったくって言わないんだよ! 第一、おまえはそういう忙しい仕事しているんだから、そのくらいは覚悟しないと」

「じゃあやめる」

「ああ、やめろやめろ」

「引退発表の時は……好きな人が出来て、その人と一緒にいるため、って言う」

「……ああいえばいいだろ?」

「その人がネットで特定されるようにさらっと情報も出す。苗字とか名前とか」

「直接すぎる! さらっとじゃない! やめろ! 俺刺されちゃう!」

「大丈夫、その時は一緒だから」

「いらねぇよそんな思い!」


 彼女は歌姫といわれ、彼女の声はまるで伝説のマーメイドのように人を魅了する力があるといわれてるほどだった。

 アーティストとしての彼女はその綺麗な容姿もあることから、数多くのファンがいる。それは男性だけではない。友梨佳の歌は切ないラブソングが多く、女性の多くを虜にしている。


 ……とにかく、先ほどの会話のような言葉を残したら、速攻友梨佳の彼氏についての情報が出回ることだろう。


 こうしている間だってヤバいかもしれないのにな。

 とはいえ、アイドルというよりは実力で売っている部分もある。本人も彼氏ほしーとか年がら年中言っているため、まあ大荒れまではいかないんじゃないだろうか?


 だからといって、認めるわけないが。

 友梨佳の自由すぎる発言に疲れていると、彼女はたいそう楽しそうに笑っていた。


「やっぱり、雄一は楽しい」

「……そっちが勝手に楽しむのはいいが、俺は平和に暮らしたいんだよ。だから、絡んでくるなって」

「……迷惑?」


 ……悲し気な顔をされ、俺は頭をかいた。

 本当に嫌なら、とっくに完全に縁を切っている。そこは本当だ。俺は彼女らと一緒にバカやっている時間は、嫌いじゃなかった。


「いや……まあ、そのなんだ? そんな拒絶するほど迷惑ってわけじゃないけど」

「じゃあ良かった絡む」

「いや、迷惑! やっぱめっちゃ迷惑!」

「聞こえない」


 友梨佳は耳に手を当て、それから微笑む。


「平和は約束する。私はお金持っているから、雄一のすべてを支えられる」

「それは平和じゃなくてヒモって言うんだよ。辞書で一回調べてこいよ」

「ヒモでいい。私が家に帰ったら毎日抱きしめる係として雇いたい」

「それで求人出してみろ。人事がパンクするほどに申し込みが来るはずだぞ」

「雄一じゃないと効果ないからダメ」


 友梨佳が唸るようにしてこちらを見てくる。

 ……俺はちらとマネージャーを見る。


「それで……仕事の相談っていうのはあくまでマネージャーの補助、なんですよね?」

「はい。……どうにも友梨佳が甘えモードに入ってしまいましたので。できれば近くで一緒に行動していただければと思いまして」

「……なるほど。分かりましたよ」

「引き受けてくれるんですか?」

「……ええ、友人として友梨佳が活躍する姿を見るのは楽しいですからね」

「でもこの前のCD聞いてくれてなかった」


 友梨佳、ぼそりと言わないでくれ。聞こえなかったことにしてマネージャーに問いかける。


「きちんと、報酬は支払っていただけるんですよね?」

「はい。もちろんです」

「分かりました。……友梨佳、今回だけは引き受けてやる」

「いつもそういってなんだかんだ引き受けてくれる」

「今回だけ、だ」

「うん、またよろしく」

「聞いてた? 人の話」

「雄一はやっぱり、優しい」

「別に……ちょうど生活費に困っていたんだ。報酬をもらえるから引き受けるだけだ」


 そういうと、友梨佳がぎゅっと抱き着いてきた。


「ちなみに報酬は、わ・た・し」

「金くれ!」

「さっそく、ヒモ宣言。それもよし」

「ちげぇよ! 報酬の話だ!」


 俺は小さくため息をついた。

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