第9話
……そういえば、昨日軽く名前言っちゃっていたな。
あんまり友梨佳って記憶力は良くないはずなんだが、そういうところはきっちり覚えているんだな。
「……佐伯ってもしかして、昨日。雄一に嘘の告白をした奴?」
友梨佳の声は……ドスが効いていた。
いや、あなた……そんだけの迫力があれば、昨日の男なんて声だけで撃退できたんじゃないか?
友梨佳の態度がすっかり変わったことで、皆はがたがたと震えていた。
「は、はい……」
佐伯はこくこくと震えながら頷いていた。それは佐伯だけではない。
「あっ、そう。雄一は私の……大切な幼馴染だから。変なことしたら……怒るよ?」
ぎろり、と友梨佳が睨みつけると、佐伯の表情は一変する。
……昨日の男も問題なく撃退できそうなほどの殺気だった。
こくこく、と佐伯を含め、皆が驚いた様子でこちらを見ていた。
友梨佳はしばらく睨みつけてから、満足した様子で俺の手を握ってきた。
「いこ、雄一」
……その表情をみてから、俺はため息をついた。
友梨佳の奴……もしかして――
「おまえ、わざとここまで来たな?」
「好きな人、傷つけられたら嫌だから……あわよくば、助け舟でもと」
なるほどな。俺に痛い目をみせた奴に仕返ししたかった、そういうことか。
軽く息を吐きながら、彼女とともにアパートへと向かう。
「今日はどこ行きたい? 奢る」
「……友梨佳の行きたいところでいいぞ」
「ラブホテル」
「よし、やっぱり俺が店選ぼっかな……」
俺はすぐにスマホを取り出し、どこか良い店がないか全力で探し始めた。
と、そのときちょうどスマホが震えた。
『センパイ。今度、遊びに行ってもよろしいですか?』
……それは、俺のもう一人の幼馴染からのラインだった。
表示された名前は、天笠(あまがさ)美月(みづき)だ。
……俺の一つ下であり、俺たち三人は幼馴染だった。
彼女は売れっ子声優であり、きっと今も忙しく仕事していることだろう。
だから、返事はすぐにしないのだ。面倒だからではないぞ。
俺がスマホの画面を閉じようしたとき、たまたまこちらを見ていた友梨佳と目が合う。
そして、にこり。再び変装した友梨佳は、こちらに片手を向けていた。
……恐ろしい笑顔である。それに抵抗する術を俺は持っていない。
俺も笑顔を浮かべ、スマホをとんと手に乗せた。
慣れた様子で友梨佳はスマホを操作し、それから耳に当てる。
『せ、センパイ……ど、どうしちゃったんですか急に?』
……わざわざスピーカーモードにしたのは俺に聞こえるようにという配慮なのかもしれない。
……相変わらず、脳を揺さぶるような美しい声だ。
「雄一に色目を使わないの。それじゃ」
それだけ言って友梨佳が電話を切ろうとしたが、慌てた様子の声が返ってくる。
『……え? そ、その声もしかして……友梨佳さんですか! な、なんで一緒にいるんですか』
「幼馴染なんだから当然」
『わ、私も幼馴染なんですけど……っ! ちょっと、今センパイはどこで何をしているんですか……?』
「ん! あっ……ちょっと、雄一! い、いま電話してるからぁ……」
「声優に対して演技勝負するんじゃねぇよ……」
といっても、友梨佳もちょこちょこドラマに出てるからな。演技はかなりのものがあった。
『せ、センパイ! どういうことですか! あ、あの日の夜は嘘だったんですか!』
「どういうこと、雄一」
「……それこそが美月の嘘なんだが」
……やめてくれ。おまえら二人に絡まれると、マジで対応に困るから。
『センパイ? とにかく、どうして一緒にいるんですか?』
「……まあ、その……それは色々あってな」
『い、色々ってなんですか……?』
と、そこで友梨佳が俺のスマホに顔を近づけ、
「赤ちゃん、できました」
『なっ!? ゆ、友梨佳さんですね今の声……っ。うっ……くぅぅ……センパイ! わ、私との赤ちゃんもいるんですよ? ふ、二人も養えるんですか?』
「……驚きながらそれっぽく言うのやめてくれる?」
友梨佳が目をひん剥くように睨んでくる。
『と、とにかく……っ! 友梨佳さんが家に行くのなら、私も家に遊びに行きますからね!』
「いや、ほんと勘弁して……そんな二人も家で遊べるようなほどうち広くないし……」
『それでは、今夜行きますから!』
「え、聞いてる? おーい!」
……すでに通話は切られているようだ。
友梨佳と顔を見合わせる。
「俺、友達の家泊まりに行くから。あとは任せた」
「友達いるの?」
「ビジネスホテル行ってくる……」
しかし、友梨佳は俺の腕をつかんで放してくれなかった。
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