第3話




「……佐伯?」


 問いかけると、彼女は頬をフグのように膨らましてから、噴き出した。


「あははっ! やっぱ、ウケるわ!」


 笑いだした声に合わせ、扉ががらりと開き、廊下からぞろぞろと人が流れ込んできた。

 陽キャグループだ。

 まあ、いたのは気づいていたが……どういうことだ?


「おいおい、まさかおまえが佐伯さんと付き合えると思っているのかよ!?」


 佐伯を見ると、彼女は腹を抱えて笑っていた。

 ……なるほど。


 佐伯に対して失礼だと思い、それはなるべく考えないようにしていたが……これが嘘の告白、という奴だな?


 呼びだされて告白されたと思ったら罰ゲームでしたー、とか言う奴だな?

 その体験者もわりと多い様子だった。……つまりもしかしたら、これは地味な高校生を目指すのなら、必要なことなのかもしれない。


 ……とはいえ、まったく何も思わないわけではなかった。

 皆が俺を見て、見世物のように笑ってくる。


 笑い声がまるで頭の中で響くような感覚……俺は小さく息を吐いて、仕事モードに切り替え、感情を押し殺す。


「ぎゃははっ! 何がいいよ、だ! おまえが佐伯さんと付き合えると思っているのかよ!」

「マジでウケるんだけど」

「陰キャのおまえが身分わきまえろよな! おら、さっさと帰れよ、陰キャオタクが!」


 最後に佐伯をちらと見ると、彼女は苛立った様子で髪をかきあげる。

 そして、陽キャの一人を見ると彼がこちらに拳を構えてきた。


「いつまでもこっち見るなっての。ボコされたいの?」


 ……隙だらけだ。ちらとその隣の男子もまた、俺に中指を立ててきた。


「おう、そうだ。さっさと帰れよ陰キャ野郎が。オレの拳の餌食になりたいのか?」


 十秒もかからず、制圧することができるだろう。……いや、ダメだ。

 ……俺は誰かを守るために体を鍛えた。こんなところで、自分の憂さ晴らしに使うためでは決してない。


 何より、ここで怪我をさせては悪いので、俺はすっと鞄を持って教室を出る。


「言い返すこともできねえなんてな」

「マジで陰キャオタクだな!」


 ……世の普通というのも中々大変なんだな。



 〇



 がっくりと肩を落としながら、部屋に戻ってきた。

 仕事モードからようやく高校生モードに戻ってきた俺は、やはり多少なりとも心が悲しんでいることに気づいた。


 明かりをつけ、明日の準備をしていると、ピンポーンとチャイムがなった。

 宅配便とかだろうか? 特に警戒せず、玄関に向かって扉を開けると、


「久しぶり」


 ボロアパートに舞い降りた天使……とでも言おうか。

 思わず目が飛び出るほどの美人だ。

 

 だからこそ、すぐさま扉を閉めた。

 だが、奴は靴を割り込んでいた。


「帰れっ! なんでここに来たんだよ!」

「会いたかったから」

「俺は会いたくねぇ!」

「嘘言わない。今だって扉がゆっくりと開いている……っ」

「おまえがこじ開けてんだろ!」


 抵抗する彼女に、俺は小さく息を吐いて……扉を開けた。

 怪我をされたらたまったものじゃないからな。


「……なんだよ、赤式(あかしき)」

「名前」

「……なんだよ、友梨佳(ゆりか)」


 そういうと、彼女は嬉しそうに帽子とマスクを外して、素顔を見せた。

 ……その圧倒的な美貌に、俺は小さく息を吐く。


 彼女は俺の幼馴染で、赤式(あかしき)友梨佳(ゆりか)という。

 両親は歌手で……彼女もまた、歌手として活動していた。

 そして……今の若者たちに大人気で、その美貌もあってか、歌姫と呼ばれている。

 ……そういえば、クラスでも話題に上がっていたな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る