第2話



 その日も俺の高校生活は地味に、過ぎていく。

 

 移動教室は一人で移動し――。

 体育のサッカーではディフェンスの位置で待機し、たまにボールが来たら動き――。

 昼休みはもちろん一人、菓子パンを食べ――。


 そして放課後は、特に誰かに誘われることなく帰ろうとしたのだが――今日だけは違った。


 俺のラインに一通の連絡がきていた。

 それはクラスのアイドルともいえる、佐伯からだった。

 ……確かにクラスの中では可愛いほうだろう。クラスの中では。


 とても俺が上から目線なのは、どちらかという二次元のほうが可愛いと思っているし、なんなら……もう普通の美人はそれなりに見飽きているからだ。いや……友梨佳のことは忘れよう。


 佐伯からの個人ラインに少し驚いたのは事実だった。

 俺がラインを知っているのは、進級したときにクラスのラインに誘われたからだ。

 一応入っておいた。……これまで活用したことはなかったが。


 佐伯からのラインを見て……そこで俺はさらに驚くことになる。


『放課後、二人きりで話したいことがあるから教室で待っててくれない?』


 ……そんなものだった。

 夕焼け見える教室で、二人きりでの話なんてそんなものもう告白しかないだろう。


 ……だが、そんなことがありえるのだろうか?

 俺と佐伯にはほとんど関わりはなかった。


 挨拶を交わす程度の中ですらないのだ。……そんな状況で佐伯が俺に惚れる要素がどこにある?

 

 罠、という考えが脳裏にちらつく。ネットで調べてみると、確かに嘘の告白とか、罰ゲームで告白とかもわりとすぐに出てくる。


 ちらと佐伯の方を見ると、彼女はなんだか照れくさそうな表情をしていた。

 いや、そう考えるのは失礼ではないか?


 万が一嘘とか、罰ゲームならば、傷つくのは俺だけで済む。

 だが、佐伯が本気で俺を好きなら、疑うことは佐伯のその気持ちを否定することになる。


 それに、人が人を好きになる理由は様々だ。

 

 一目惚れであったり、俺が知らぬところで彼女に好かれることをしていた、とか……。

 もしかしたら、そうなのかもしれないな。


 そう前向きに考えていると、陽キャの二人がこちらを見て笑いかけてきた。 


「おう、陰キャ、どうしたんだよ? いつもみたいにすぐ帰らないのかよ?」


 ……こいつ、俺が真っ先に帰っていることに気づいているのか? ある意味大好きだろ、俺のこと。


「……いや、なんでもないけど」


 俺はクラスでは陰キャ、と呼ばれている。

 そこに悪意が込められているのは分かったが、それ以上過激ないじめに発展するわけでもないからそのままだ。


 命の保証があるのなら、別に好きに呼んでくれて構わない。それが俺の意見だった。


 教室からだんだんと人が減っていく。佐伯が所属している陽キャグループは、最後に俺が残っているのを確認してからか、教室を出て行った。


「それじゃ、佐伯頑張れよー」


 ニヤニヤ、と少し意地悪い笑みで俺を一瞥して、陽キャ二人組が教室を出ていく。

 佐伯の友人二人も、彼らに並んで廊下へと出て行った。そろって、俺を見て少し馬鹿にしたような笑みを浮かべていた。


「うーん、じゃあねー」


 佐伯にそう、挨拶をして……彼らは廊下に出て行った。

 ……足音が止まったな。うっすらと気配も感じられる。

 ということは、おそらくだが……廊下に残っているな?

 

 佐伯の告白を見届けるためか、あるいは……いや、そっちは考えないと決めた。

 とにかく、佐伯があの陽キャグループに事情を説明しているということは分かった。


「あのさ、ライン見てくれたよね?」


 佐伯が近づいてきた。


「……ああ」

「なんで呼ばれたか、分かる?」


 彼女は頬を赤らめ、もじもじとこちらを見てきた。

 間近で見る彼女は確かに可愛らしい人だと思った。少し緊張するな。仕事モードになりそうな俺を押さえつける。今はこのドキドキ感を楽しもう。


「まあ、その色々考えたけど……」

「考えたの? 何を?」


 佐伯が甘ったるい声とともにそう言ってきた。

 ……わざわざ言うのは少し、恥ずかしいが答えるとするか。


「告白、とか?」


 そういった時、佐伯はにやり、と口元を緩めた。それから、こくんと頷いた。


「そうなの。私……その、ずっと長江(ながえ)のこと気になっててさ。……付き合ってくれない?」


 ……告白。


「……そうなんだな。ああ、わかった。いいよ」


 ……まさか、こんなあっさりと彼女が出来るとは思っていなかった。

 そう思って俺が返事をした瞬間だった。佐伯が笑いだした。

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